[M&A戦略と会計・税務・財務]

2023年9月号 347号

(2023/08/09)

第192回 「ディールの血液」としての財務モデリング

中尾 宏規(PwCアドバイザリー合同会社 ディレクター)
  • A,B,EXコース
1.財務モデリングとは

 財務モデリングとは、分析対象となる企業または事業などを抽象化して収益構造を理解し、スプレッドシートなどのツール上で四則演算などを通じて再現した上で分析を行い、意思決定およびコミュニケーションの基礎とする一連のプロセスをいい、財務モデリングの結果として財務モデルが構築される。

 例えば、M&Aなどの場面においては、事業および財務に関する前提条件に基づいて、将来の各年度の財務三表(損益計算書、貸借対照表、キャッシュフロー計算書)予測が構築され、当該財務三表を基に企業価値やIRR、コベナンツ関連指標等、リターンおよびリスクに関するKPIが算定される。

 前提条件を大きく分類すると、事業に関する前提条件には売上単価、売上数量、原価率、税金費用、資本的支出、運転資本回転率などの株主と債権者に帰属するキャッシュフロー(いわゆる「Free Cash to the Firm」)を計算する基となる前提条件が含まれる。一方、財務に関する前提条件には、資金調達や買収価格などに関する前提条件が含まれる。

 ビジネスを取り巻く環境の変化が激しい時代においては、様々なシナリオ下における各種KPIを分析し、多角的に意思決定を行う必要がある。そこで、スイッチ1つでシナリオを切り替えて分析したり、シナリオ間のKPI比較を容易に行うことができるようにすることも財務モデリングの重要な要素である。

財務モデルの有用性

 財務モデルを構築することは、上述の通り、以下のようなメリットがある。
  • 企業のバリュードライバーの理解。バリュードライバーとは企業の価値に大きな影響を与える項目のことであり、財務モデルを通じて、経験や勘ではない、数字に基づく分析が可能となる。
  • 複数のシナリオ下におけるシミュレーション。単純に売上数量に関する見立ての違いによるインパクトを分析することもあれば、買収後のシナジー発現の有無による企業価値へのインパクトを分析することもある。ベースケースだけではなく、ダウンサイドやアップサイドを分析することで投融資の意思決定が可能となる。
  • 事業、財務、税務、オペレーション等の様々な要素を集約することによるコミュニケーションのハブの役割。
 このように、財務モデリングおよびその結果として構築される財務モデルは、分析対象の価値構造の理解を促進する側面を持ち、また、各種専門家の成果物を集約すると共に、その結果が定量的な意思決定やコミュニケーションを行う上で必要不可欠である。このような意味において、財務モデリングはディールを検討するにあたって不可欠な血液のようなものである。

 昨今、東京証券取引所より「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応等に関するお願いについて」が公表され、いわゆる「PBR1倍割れ改善要請」として話題になっている。このような環境下で、様々なシナリオにおける企業の価値やその他KPIを定量的に分析することを可能にする財務モデルを用いた意思決定の重要性が増してきている。

 以上のようなメリットと重要性を持つ財務モデルの代表的な活用例を例示すると以下の通りである。



■筆者プロフィール■

中尾 宏規(なかお・ひろき)
ディレクター, PwCアドバイザリー合同会社
専門分野はモデリング & バリューコンサルティング
ファイナンス理論と定量分析(事業計画策定、モデリング & バリュエーション、デジタル、統計分析等)を軸に、ディールにおけるリスク・リターン評価、戦略アセスメント、交渉支援等を通じた意思決定や、資本コストを意識した経営実現のための財務戦略、ROIC経営、リスクマネジメント等の支援・助言を提供。PwCグローバルにおけるモデリングのリーダーグループに所属。世界50ヵ国以上で活動する財務モデリングスキル認定機関より、実務経験、モデリングスキル、リーダーシップ、モデリング業界への貢献を基に、最高資格Master Financial Modelerをアジアで唯一授与された。公認会計士、米国公認会計士(ニューヨーク州)、CFA協会認定証券アナリスト。

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