[書評]
2016年12月号 266号
(2016/11/15)
「貯蓄から投資へ」と言われるようになってから随分経つが、日本の個人金融資産1700兆円の中で、現金・預金は依然53%という高い水準を維持している。これは、日本の個人が金融機関に長らく損をさせられてきた歴史の産物でもあるし、日本では投資教育が十分行われてこなかった帰結でもあると考えられるが、本書はそのような日本において、個人にとっても、投資のプロにとっても、極めて有益な投資の指南書である。
著者はオークツリーというオルターナティブ投資をしている米国の投資運用会社の創設者だが、あの「賢人」ウォーレン・バフェットもこの本を絶賛している。
基本的な投資哲学はバリュー投資である。「20の教え」の中で、いかにこのバリュー投資を行うのか、共通する間違いや気をつけるべき点などを、投資の素人でもわかりやすいように解説している。
投資リスクについての考え方は伝統的金融理論とは大きく違い、リスクはないという考え方が浸透することにより、むしろ投資リスクは高くなり、逆に、リスクが高いと一般的に認識されている時ほど、実はリスクは低いと断じている。つまり、リスクプレミアムは市場環境により変動すると結論付けている訳である。
投資においては、大勢に従わず、逆張りをすることを提唱している訳だが、一方で逆張りがいかに心理的に難しいかもよく理解している。市場価格が上がっている時は周りに惑わされて、ついつい「自分も買おう」と追随しやすいし、価格がどんどん下がっている時は、割安だと思っていても、悲観的になり、投げ売りしたくなるものである。また割高であることは明日値段が下がるということではないし、割安だと確信して投資しても、すぐに価格が上昇するわけでもなく、忍耐の大事さを説いている。
近年の日本の多くの投資家(機関投資家も含めて)の行動をみると、相場が上がっている時に買い、相場が下がっている時に売るという、著者が最もやってはいけないと強調していることを繰り返して行ってきたように思われる。中国株ブーム、ブラジルレアル建て債券などそのような例は枚挙にいとまがない。バブルがいかに創出されるかについての、人間心理も含めた解説には唸らされる。楽観が熱狂になり、我も遅れまいという心理が更に相場を上げ、誰もが「まだ上がる」と考えた時にバブルのピークを迎える。誰も予測できない何かのきっかけで、相場が下がり始め、それがバブルの崩壊につながり、悲観主義が蔓延した時に、相場は奈落の底に落ちる。誰もが恐怖心で身動きが取れない時に、市場は大バーゲンで溢れるが、その際に果敢に買いに行くことができる著者のような強者はごく少数しかいない。先般の世界金融危機を思い返すと正にそうだったと思う。またこのような相場の転換がいつ、どのように起きるかは誰も予測できないと述べ、市場予測に頼ることの危険を説いている。
市場価格というものについての洞察も深い。誰もがいいと考えるものは、その情報は既に価格に織り込まれていて、高くなっているので、投資としては妙味がないとも喝破している。このような当たりまえだが、往々にして見逃しやすい事実についても的確に指摘している。
投資をしようと考えている個人にしろ、投資を専門にしているプロにしろ、読み応えのある「投資のバイブル」ともいえる本である。さすがバフェットが勧めるだけあって、洞察と叡智に満ちた必読の書である。
※2016年12月号をもって休載いたします。