レコフデータは1985年以降のM&Aデータベースを構築しています

キーワード 一覧

[【IR戦略】海外M&Aを成功に導くためのコミュニケーション戦略(アシュトン・コンサルティング)]

(2020/02/26)

<新連載>【第1回】 M&Aコミュニケーションの基本

ダン・アンダーウッド(アシュトン・コンサルティング 最高経営責任者)
< こちらの記事は、会員登録不要でご覧いただけます >

はじめに

 経済専門紙や業界紙では毎日のようにクロスボーダーM&A案件に関するニュースを目にしますが、買収合意成立後の企業統合に関する報道に接することは多くありません。買収後の統合プロセス、いわゆるポスト・マージャー・インテグレーション(PMI)を成功裏に進めるためには、M&Aプロセスの端緒の段階からコミュニケーション戦略を立案し遂行する必要があります。これまで海外M&Aのコミュニケーション戦略アドバイザーとしてM&A案件を多く手掛けてきた我々アシュトン・コンサルティングは、しかしながら、その重要なコミュニケーション戦略が日本企業には欠けていると痛感しています。今回、MARR online の誌面をお借りして、海外M&Aを成功に導くためのコミュニケーション戦略と題して、M&Aの実務に携わる読者の皆様にコミュニケーション戦略の重要性についてご案内いたします。

増加する日本企業のM&Aとその課題

 2008年のリーマンショックからの回復期を経て、日本企業が関わるM&Aは年々増加しています。2019年に日本企業が当事者となったM&Aは4088件と、過去最多件数を記録しました。また、激化するグローバル競争のなかで、日本企業による海外企業を対象としたM&Aも826件(前年比6.3%増)と過去最多となりました。2019年7月に発表されたアサヒグループホールディングスによるアンハイザー・ブッシュ・インベブ(ABI)の豪州ビール・サイダー事業の買収金額は約1兆2,000億円と、前年の武田薬品工業によるシャイアーの買収(約6兆2,000億円)から2年連続で大型買収が実現したことも記憶に新しいかと思います。(出典:M&A四半期レポート「2019年1-12月の日本企業のM&A動向」株式会社レコフデータ)

 多くの日本企業が、海外企業とのM&Aを活用して、事業の強化・拡大や新規参入を図っています。M&Aは国内企業同士であっても簡単なものではありませんが、特に海外企業とのM&Aにおいては、言語だけでなく企業文化や法令、商慣習の違いなども大きく、取引やM&A後の一体化がより一層難しいものになることは想像に難くないでしょう。

 海外M&Aの経験や知識、先例が不足している日本企業には時として、自社や対象企業の株主・経営陣などからの理解を得られるような、十分な説明や効果的な情報発信ができていないケースが見受けられます。双方の思惑に見合わない内容でM&A取引が中断・頓挫してしまうケースもありますが、交渉の過程で適切なコミュニケーションが図れていれば取引がうまく行ったかもしれないケースもあります。また、苦労して取引を成立させても、その後の統合(PMI)がスムーズに進まないというケースも、珍しくありません。

 M&Aは、単に経営企画や財務・法務部門の関係者だけが関わる取引ではなく、経営陣の統率によってその企業が、自社のステークホルダー(利害関係者)とどのようなコミュニケーションを図っていくかを社内外に示す重要な機会なのです。

M&Aにおける主要なコミュニケーション

 M&A取引の成立・成功には、当事者企業に加え、当事者企業双方の株主・市場関係者や従業員、顧客(取引先やユーザー)、サプライヤー、規制当局、競合他社など、多くのステークホルダーが関わります。国内外のあらゆる場所を舞台にするM&Aにおいては、慎重かつ的確なタイミングで、適切な情報を、然るべきステークホルダーへきちんと伝えていくことが何よりも大切です。

 M&A取引において、主要なステークホルダーは、株主・市場関係者、債権者、従業員、世間(顧客、ユーザー、消費者)などです。企業や案件によっては、重要なステークホルダーの優先順位が変わったり、先に述べた以外にも重要なステークホルダーがいたりもしますが、一般的にこの4者は不変と考えて良いでしょう。

 M&Aでは、ステークホルダーに対して、「なぜこのM&Aをするのか」(目的)、「このM&Aを通して実現したいことは何か」(戦略)を、それぞれの興味・関心に合わせて徹底的に説明し、正しく理解してもらうことが肝要となります。株主や市場関係者からの賛同が得られなければ、M&Aの成立・成功が難しくなり、途中で頓挫してしまうということもあり得るからです。

 そのような主要ステークホルダーとのコミュニケーションにおける基本ポイントについて、以下に簡単に説明します。

IR(投資家向け広報)

 M&A取引に大きな影響を与える株主や市場関係者へは、このM&Aが自社の事業戦略でどのような位置づけになるのかを、適切に伝えることが重要です。株主や市場関係者を対象としたコミュニケーションをIR(Investor Relations=投資家向け広報)と言います。

 M&Aの実現によってどのような相乗効果が生まれることを見込んでいるのか。どのように収益の拡大につながるのか。買収価格は適正か、またそれを裏付ける根拠は何か(対象事業の収益性・将来性等)。製品・サービスにおける市場競争はどのようになるのか(強化または補完等)。M&A成立にあたり懸念される規制等をどのようにクリアするつもりか――。

 各企業を取り巻く環境や事業内容により、株主や市場関係者の関心は異なることかと思います。また、取引の交渉の過程において言及できない事柄もあるかと思いますが、基本的には、彼らの「なぜ?」という疑問に、できる限り誠実に答えることです。

 また、対象企業の経営陣像や企業文化、自社の企業文化との相性の良さなどを伝えることにより、取引成立後のPMIがスムーズに進む見込みであることもアピールできれば、より理解と賛同を得られやすくなるでしょう。

インターナル・コミュニケーション(社内広報)

 M&A取引においては、当事者となる両企業の従業員へのコミュニケーションも重要な役割を果たします。社内に向けたコミュニケーションのことを、インターナル・コミュニケーション(Internal Communications=社内広報)と言います。

 M&A取引では何よりも、従業員の動揺を抑えることが肝心です。人材を「人財」と書くこともあるように、従業員は企業にとって有益な財産です。買い手企業であれ被買収対象企業であれ、取引を知った当事者企業の従業員が、組織改編があるのか、人員整理はあるのかなど、自分の現在の立場や将来的なキャリアに不安を抱く可能性が十分に考えられます。

 従業員には、相手企業がどのような会社であるかというだけでなく、取引がどのようなものであるか、取引の背景にはどのような意図があるのか、取引を通してどのような事業戦略を描いているのかなどを、きちんと説明することが大切です。それによって、従業員の不安を和らげ、人材の流出などのリスクを最小限にとどめることができるだけでなく、取引成立後もよりスムーズに統合の取り組みを進めることができます。

 特に買い手となる企業において、M&A取引成立後に、被買収企業の従業員に対しての統合・一体化へ向けたコミュニケーションが重要となるのは、言うまでもないでしょう。

PR(広報)

 広く世間一般に対して対外的なコミュニケーションを図ることを、PR(Public Relations=広報)と言います。PRは、企業として決定した事項などの重要情報を対外的に発信する役割を担います。PRでは一般的に、新聞を始めとするメディアが情報を伝達する媒介者として重要な役割を果たします。

 メディアを介して発信される情報は、世間一般だけでなく、株主や市場関係者、従業員、顧客、さらには取引先や規制当局といった広範にわたるステークホルダーにも伝わる(各ステークホルダーが情報にアクセスできる)ため、メディアによる報道内容は、先に述べたIRやインターナル・コミュニケーションにも影響を及ぼします。

 そのため、M&A取引に際してメディアの取材を受ける場合には、細心の注意と十分な準備が不可欠です。その取引がいかにその企業や株主、従業員、その他のステークホルダーに利益をもたらすか、また懸念がある場合はそれにどのように対応するかなど、メディア(取材者)の関心に沿った「なぜ?」に応え、取引の正当性・妥当性を理解してもらうことが重要となります。

 また、海外M&A取引の場合は、国内メディアだけでなく海外メディアへの対応も必要になってきます。注意しておきたいのは、海外メディアが関心を持つポイントが国内メディアと必ずしも同じとは限らないことです。各国の経済状況や法令、業界の慣習、メディアの特性などによって、国内メディアで上手くいったやり方がうまく行かないこともありますので、事前に相手のことを良く知っておくことが重要です。

 メディア(取材者)に自社のメッセージやM&Aに至ったロジックを納得してもらえないと、本来の意図とは異なる内容が「ニュース」として発信されてしまいます。場合によっては、それが世間から既成事実と受け止められて情報が広がり誤ったイメージが定着してしまうこともあります。そうなると、取引自体だけでなく、企業イメージにも大きなダメージを与えかねません。

 M&A取引を成立・成功させるには、コミュニケーションの戦略とプランをしっかりと立案し、実行することが重要となります。

メッセージングの重要性

 コミュニケーション戦略において最も重要となるのが「メッセージ」の開発です。

 キー・メッセージは、「目標規定文」と言い換えれば、何となくイメージが湧くでしょうか。キー・メッセージでは、すべてのステークホルダーを対象にして、企業がそのM&Aを通して最も訴求したいポイント(つまりM&Aの目的とそれによって実現したい将来像・未来図)を、簡潔で分かりやすい言葉に凝縮して表現します。具体的・詳細な数字などには触れず、あくまでビッグ・ピクチャー(大局的な見地にたった見取り図)を示すものと考えてください。

 キー・メッセージが重要な理由は、取引全体にわたって各ステークホルダーと齟齬のないコミュニケーションを図るためです。取引が進むと、それぞれのステークホルダーに対して、各担当者に分かれてコミュニケーションを行うことになりますが、そこでバラバラの説明をしてしまうと、ステークホルダーごとに異なる理解が生まれてしまいます。それを避けるために、最初に全体に共通したメッセージを作り、取引に関わる全員で共有し認識をすり合わせておくことが肝心です。

 キー・メッセージができた後に、各ステークホルダーに合わせてメッセージを補完・補強するサブメッセージを作ったり、メッセージの裏付けとなる事実(ファクト)を用いたりします。各ステークホルダーとのコミュニケーションを進める際、思うように納得してもらえないなどの難しい局面に直面したら、まずはキー・メッセージに立ち返ります。そして、サブメッセージを練り直したり、どのようなファクトを提示すれば説得力が増すかを再考したりすることで、取引全体を通して一貫したメッセージを発信することができます。

 海外M&A取引に特有な例ですが、日本語で作ったメッセージを単に直訳するだけでは伝わらないことが、ままあります。文化的な背景や業界、慣習の違いなどから、日本語で考えたメッセージが相手に「刺さらない」だけでなく、使う言葉のニュアンスによっては、本来の意図から外れたネガティブなイメージを持たれることもあります(もちろん、海外企業が作ったメッセージが日本人には刺さらない、という逆のパターンもあります)。そのような場合は、日本語でのコンセプトを踏まえつつ、専門家などの知見も活用しながら、対象企業にきちんと伝わる表現を練り上げることが肝要です。

 経済産業省が設置した「わが国企業による海外M&A研究会」による報告書では、企業の成長戦略の中でM&A取引がどのような位置づけを担うのかという目的を明確にし、企業の成長戦略・ストーリーに沿ったものであることを訴えることが、取引の成功に向けて不可欠であると強調されています。ストーリーとメッセージは厳密には異なるものですが、ストーリーを構成する際の基盤・核となるものがメッセージだと言えば、その重要性が理解いただけるかと思います。

コミュニケーション・アドバイザーの役割

 M&A取引では、財務や法務分野で様々な外部アドバイザーが関わることは一般的になっています。しかし、コミュニケーション分野における外部アドバイザーの役割とその重要性は、日本ではまだあまり浸透していないように思われます。

 コミュニケーション・アドバイザーは、IRや広報の担当者、また経営企画や財務・法務の担当者とも連携を図りながら、各ステークホルダーの興味・関心に沿った包括的なコミュニケーション戦略・プランの立案と実行をサポートします。一般的なものとしては、先に挙げたメッセージの開発以外にも、マイルストーン(節目となる出来事)の特定・設定やステークホルダーのマッピング、様々な事態を想定したコミュニケーション・シナリオの作成、発表コンテンツの見極めと助言などがあります。

 コミュニケーション・アドバイザーがM&Aに関わるタイミングは案件によって様々ですが、多くの場合、基本合意書(MOU)の締結を最初のマイルストーンとして、それに向けて各ステークホルダーへの対応や対外発表の準備が進められます。

 海外企業とのM&Aでは、相手方と日本語以外(主に、共通言語としての英語)でのコミュニケーションが必要となる場面が多くあります。また、海外企業では特に、M&Aに際して外部のコミュニケーション・アドバイザーを活用することが珍しくありません。自社が買い手企業となるケースや被買収対象企業となったケースでも、相手方がそのようなアドバイザーを活用している場合、社内のIR・広報担当者は、相手方の担当者だけでなくアドバイザーとも情報共有や調整などのやり取りをする必要が出てきます。

 仮に、自社内のIR・広報担当者が、M&A取引や海外とのやり取りの経験が豊富でなく、コミュニケーション戦略やプランを立案・実行するに当たって不安があるといった時には、外部の経験豊富なコミュニケーション・アドバイザーを活用することで、M&A案件に求められるスムーズで効果的かつ戦略的なコミュニケーションを図ることができるでしょう。

次回からは、コミュニケーションの戦略・プランの立案・実行にあたっての手法やポイントなどをご説明します。

■筆者履歴

ダン・アンダーウッド(Dan Underwood 最高経営責任者)
ウェリントン・スクール・オブ・ジャーナリズムならびにオタゴ・スクール・オブ・フィジオセラピーを卒業。オタゴ大学より物理療法免許取得。1998年日本に拠点を置くまでの7年間はフリージャーナリストとして、ニュージーランドとオーストラリアの媒体向けに幅広く執筆活動を行う。2002年に共同出資パートナーとしてアシュトン・コンサルティングの経営に参画。ジョン・サンリーと共に、多様な顧客基盤、バイリンガルな企業文化、そして幅広い知見を有する日本有数のクロスボーダーのPR企業へと牽引。日本語に堪能で、多岐に渡る業界の顧客にアドバイスを提供する中、特にM&Aコミュニケーション危機管理対応のチーム統括に加え、メディアトレーニングや幹部向けスピーチトレーニングを行っている。

バックナンバー

おすすめ記事

M&A専門誌 マール最新号

M&A専門誌マール

M&A専門誌マール

「MARR(マール)」は、日本で唯一のM&A専門誌で、「記事編」と「統計とデータ編」で構成されています。

レコフM&Aデータベース

レコフM&Aデータベース

「レコフM&Aデータベース」は、日本企業のM&Aなどどこよりも網羅的に、即日性をもって構築している日本で最も信頼性の高いデータベースです。

セミナー

セミナー

マールの誌面にご登場いただいた実務家、研究者などM&Aの専門家を講師としてお招きし、成功に導くポイント、M&Aの全体プロセスと意思決定手続き、実証研究から見た分析などについてご講演いただきます。

SPEEDA RECOF

SPEEDA RECOF

「SPEEDA RECOF」とは「レコフM&Aデータベース」と株式会社ユーザベースが開発・運営する企業・業界情報プラットフォームである「SPEEDA」がシステム連携します。

NIKKEI TELECOM日経テレコン 日経バリューサーチ

日経テレコン

2002年7月に、日本経済新聞デジタルメディアが運営する日経テレコンの「レコフM&A情報」を通じてM&Aデータの提供を開始しました。

M&Aに関するお問い合わせ、ご相談は
こちらからお気軽にお問い合わせ下さい。

お問い合わせフォーム