[対談・座談会]

2023年10月号 348号

(2023/09/11)

[特別対談] 経営学者・名和高司氏に聞く、ポスト資本主義において求められる企業経営の在り方と変革手段としてのM&A活用

~新連載「企業変革手段としてのM&Aの新潮流 Season3」第1回

名和 高司(京都先端科学大学 教授)
汐谷 俊彦(デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 執行役員 M&Aユニットリーダー)
  • A,B,EXコース
(左から)名和高司氏、汐谷俊彦氏

(左から)名和高司氏、汐谷俊彦氏

<目次>
  1. はじめに
  2. 企業価値の物差しが変わったポスト資本主義において求められる今後の企業経営の在り方とは
    • 企業経営としてどのような姿であるべきか ~パーパス経営の真髄
    • 日本企業のPBRが低い根本原因
    • 社会価値と経済価値を両立させるにはイノベーションが必須
    • 志本経営をうまく進めている会社
    • 「攻め」と「守り」のスタンスについて両者を分ける要因は何か
    • 「守り」に走っている企業を、何を持って「攻め」に転じさせることができるのか
  3. なぜ日本企業は、「自ら先んじて」、企業変革を進めていくことができないケースが多いのか
    • 帰納的思考と演繹的思考
    • 風土病と舶来病
    • ボードメンバーには市場や資本主義のことが分かる人財を
  4. ポスト資本主義において求められる企業経営を実現するための変革の要諦とは
    • 「Ambition」と「Aspiration」
    • 「志」は生産性、創造性を高める
  5. ポスト資本主義において企業価値向上に成功した企業はどこか。何をもって成功したか
    • ロート製薬の「Never Say Never」
    • 味の素の「Ajinomoto Group Creating Shared Value(ASV)」
  6. ポスト資本主義の世界観における企業価値を高める手段としてのM&A活用とは
    • ニデックの永守流M&A
    • 日立製作所とグローバルロジック
    • 堀場製作所の「おもしろおかしく」
    • 中外製薬とロシュ
    • 従業員がもう一度元気になるような意味での「Hostile Takeover」はこれから増える
    • パーパスとプリンシプル
    • 価値軸、空間軸、時間軸
  7. おわりに
―― デロイトトーマツコンサルティングによる新連載「企業変革手段としてのM&Aの新潮流 Season3」が始まります。新連載では、各インダストリーでの経営変革において、変革が求められる背景とM&Aが担う役割を考察していただき、さらに、産業構造や産業固有のトレンド、および具体的なM&A事例を紹介しつつ、その裏にある企業戦略の紐解きを試みていただく予定です。これに先立ち、第1回は、京都先端科学大学教授の名和高司先生をお迎えし、デロイトトーマツコンサルティング 執行役員 M&Aユニットリーダーの汐谷俊彦さんと、名和先生のこれまでのコンサルティングのご経験や提言活動、または社外取締役等による実務的な企業経営のご経験から、「ポスト資本主義」における企業経営とそのための企業変革手段としてのM&A活用というテーマで議論していただきます。

1. はじめに

汐谷 「名和先生、本日はよろしくお願いいたします。M&Aは企業経営にとってリスクそしてリターンも高い企業行動の1つでありますが、突き詰めると企業経営そのものと言えるところもあり、M&Aをいかに成功させ、経営に寄与させていくかが主眼になっています。名和先生は、市場経済を前提とする資本主義が行き詰まりを見せる中、『ポスト資本主義』として企業の存在意義を意味するパーパス(Purpose)に基軸に置いた『パーパス経営』を提言されています。この6月には、DX(デジタル・トランスフォーメーション)によって、『10X(テンエックス)』と呼ばれる異次元の成長を楽しみ続ける『10X人財』となるための思考のイノベーションを導く手引書『桁違いの成長と深化をもたらす10X思考』 を上梓されました。今日は、昨今、資本主義自体の性質が大きく変化してきている、その中で求められる企業経営の在り方について議論できればと思います」

2. 企業価値の物差しが変わったポスト資本主義において求められる今後の企業経営の在り方とは

企業経営としてどのような姿であるべきか ~パーパス経営の真髄

汐谷 「名和先生は、『志(パーパス)』こそが価値創造の源泉である人を駆動させる原動力であり、また、『志本(しほん)経営』は『人間の尊厳力を回復しうる』経営思想でもあるとおっしゃっていますが、まず、企業経営は今後どのような姿であるべきか、というところからお話いただけますか」

名和氏

名和 高司(なわ・たかし)

京都先端科学大学教授、一橋ビジネススクール客員教授
東京大学法学部、ハーバード・ビジネス・スクール卒業。三菱商事を経て、マッキンゼーで約20年間勤務。デンソー(~2018年)、ファーストリテイリング(~2022年)、味の素、SOMPOホールディングス(いずれも現在も)などの社外取締役、朝日新聞社の社外監査役を歴任。消費者庁「消費者志向経営賞」座長。ボストン・コンサルティング・グループ(~2016年)、インタープランド、アクセンチュア(いずれも現在も)などのシニアアドバイザーを兼任。『パーパス経営』、『CSV経営戦略』、『企業変革の教科書』(いずれも東洋経済新報社)、『シュンペーター』、『稲盛と永守』、『経営変革大全』(いずれも日経BP)、『コンサルを超える問題解決と価値創造の全技法』、『成長企業の法則』(いずれもディスカウヴァー・トゥエンティワン)など著書多数

名和 「そうですね、いわゆる『キャピタリズム』(資本主義)はキャピタルが中心です。結果としてキャピタルが増えることは『志』を実現するために大事なことですが、これはあくまで手段だと思っています。では、本当の目的、目指すべきことは何か。それはプロフィットや将来価値ではなく、あくまでも何によってどういう『価値』を実現するかであり、その価値の実現の中身がこれから問われてくると思っています。

 『パーパシズム』という言い方をしていますが、では、『志』をどうやって実現するか。私はよく企業としての『わくわく感』、『ならでは感』と、それから『できる』という思いがないといけないと言っています。それは企業ごとに全く違っていて構わない。各企業が思い思いの自由演技をやっていただければいいと思っています。それはサステナビリティやSDGsを義務感先行でやるのではなくて、その企業ならではの価値のつくり方を真剣に考えていくことが『志』を実現する、結果的に将来価値を生み、企業価値として反映されていく、そういう流れだろうと思っています。

 東京証券取引所が改善を要請するように『PBR1倍割れ』は全くいけていませんが、PBR(株価純資産倍率)は1つの測定ツールでしかありません。『PBR1倍割れ』は自分たちの価値創出に対しての市場の期待がそれほど高くないということだとすると、それは『志』を実現したことにはなっていない。私はそういう企業を“ゾンビ企業”と言っています。生きてはいるが生きている価値がない、将来新しい価値をつくることを市場に評価されていない企業だからです。株価が高くなるのは、釈迦に説法ですが、PBRを要素分解するとROE(自己資本利益率)とPER(株価収益率)に分かれていて、PBR=ROE×PERです。ROE=『儲ける力』をしっかり示すと同時に、PER=『将来どれだけ価値を生むか』との掛け算ですよね。そこをしっかりと経営の主軸に置くのは重要で、測定の方法としては大事だと思います。ただ、皆さん、最近は『PBR』で頭いっぱいなので、もう少しステップバックして、われわれは何のために何をしたいかに立ち返ることから始めましょうというのが『パーパス経営』なのです」

日本企業のPBRが低い根本原因

汐谷氏

汐谷 俊彦(しおたに・としひこ)

外資系コンサルティング会社等を経て現職。製造業/テクノロジー/エネルギー/化学/ヘルスケア/商社など幅広い業界に対して成長戦略策定、事業ポートフォリオ見直し、構造改革といった戦略面での支援や、M&Aにおけるデューデリジェンス、PMI計画策定および実行支援・買収後のバリュークリエーションといったM&Aライフサイクル全領域において幅広い経験を持つ。また、日系企業による海外企業の買収を契機に、その後のグローバル化に向けたトランスフォーメーション支援や、買収後の海外企業のターンアラウンド、ガバナンス改革などの案件も支援している。東京大学工学部卒。

汐谷 「おしなべて日本企業はPBRが低く、欧米企業は高いとすると、この根本原因をどのようにみておられますか」

名和 「ROE=『儲ける力』が弱いとするなら、意識を変えないといけません。最近、キーエンスの高付加価値経営が注目を浴びていますが、キーエンスはそもそも付加価値を『お客様の役立ち度を表す指標』と考えています。『儲かる』は『役立っている』、それに対して、『儲かっていない』は『役立っていない』とすれば、まずROEをもっと上げることです。そのためには『R』、リターンのところで、提供価値を価格に転嫁してしっかりとお客さまからいただくことができるかどうか、これは日本企業にとってすごく大きなテーマだと思います。値段を下げることは簡単です。製品やサービスに対して消費者が自ら喜んで支払う価格のことをWTP (Willingness to Pay)と言いますが、値上げしても買ってくれる、高いお金を払ってでも欲しい価値をつくれていないとプライスは取れません。日本企業はどちらかというとコストのことばかり言いがちですが、プライスがどれだけ取れるかがすごく大事です。

 それから、今の利益ではなくて、将来どれだけ成長することができるかの期待がPERです。よく見ると、業界の中でも飛び抜けてPERが高い会社がありますよね。今これだけコンバージェンスが起こっていますから、業界なんてあるようでないわけです。業界の常識にとらわれずに、自分らしい将来の価値のつくり方、価値の創造方程式を示せるかどうかが、市場から評価されるか否かの違いだと思っています。口下手な日本企業は、『そんな将来のことなんて分からない』、『そういう未現実的なことは言いたくない』という気持ちがあると思いますが、それを示さないと未来に対する自分の覚悟が示せない。日本人はこういうストーリーで価値をつくっていくストーリー展開力、ストーリー構築力が弱いと思いますね」

汐谷 「いずれも日本企業の根本的な課題を捉まえていますね。値上げはみな嫌がる。特に営業部門は大反対ですよね。しかし、欧米企業は自分たちのプロジェクト、サービスに対する自信があって、これだけの価値があるからと堂々と値上げしてくる。自分が作っているものに対して自信を持ってマーケットにアピールする。そこが大事ですね。それから、日本企業に自身のストーリーを語るストーリーテリングの経営者としての力量がまだまだ欠けているとすると、もう少し欧米企業を見て学ばなければいけないと感じました」

名和 「逆にいうと伸びしろがあるということです。もっと値段を上げる、もっと発信ができれば、ROEやPERに違ったかたちで反映されるはずです。日本はまだまだやれることがあるのではないでしょうか」

社会価値と経済価値を両立させるにはイノベーションが必須

汐谷 「ありがとうございます。『志本主義』では、経済価値と社会価値を両立していくために『志』が非常に重要となりますが、これは、言うのは簡単ですが、どうやったらうまく両立できるでしょうか」

名和 「ゼロサムだとすると、社会に還元するのか、自分のポケットに入れるのか、普通は二律背反になりますよね。そこに価値をプラスサムするためにはイノベーションが必須だと思っています。いろいろな意味でのイノベーションがそこで問われていると思います。

 日本の場合、

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