[対談・座談会]
2018年3月号 281号
(2018/02/15)
大手企業が直面しているイノベーションのジレンマ
―― デジタル化、ネットワーク化が急速に進んで、あらゆるモノがインターネットにつながることで、データを活用した新しいビジネスモデルが生まれています。この第4次産業革命ともいわれる流れの中で、グローバル市場に通じる商品、サービスを企業が自前で創出していくことは難しくなっています。こうした経営環境に対応するために大企業とベンチャー企業が互いの経営資源を活用しながら事業開発、事業創造を加速していくオープンイノベーション戦略の構築が求められています。
そこで、本座談会では「第4次産業革命と大企業・ベンチャー連携によるオープンイノベーション戦略」をテーマにお話し合いいただくことにしました。
まず、百合本さんから自己紹介と、オープンイノベーション戦略の意義についてお話しください。
百合本 「グローバル・ブレインは、独立系のベンチャーキャピタルとして1998年に設立しまして、今年1月18日で20周年を迎えました。現在までに純投資とCVCの運営を含めて9本のファンドを設立し、AUM(Assets under management:運用資産残高)は約600億円となっております。さらに、今年から来年にかけて米国で専用ファンドの設立も計画しておりますので、早ければ今年中にもAUMは1000億円を超えると思っています。拠点も日本だけでなく、サンフランシスコ、韓国、シンガポール、さらに今年中にヨーロッパにも開設する予定で、グローバルな展開を図っています。
CVC(Corporate Venture Capital)については、現在、KDDIの『KDDI Open Innovation Fund』(総額100億円)と三井不動産の『31VENTURES Global Innovation Fund』(総額50億円)をCVCパートナーとして運営しています。また、現在純投資として運用している『グローバル・ブレイン6号投資事業有限責任組合』は、16年12月に設立しまして、運用総額は約200億円、LP出資者には、KDDI Open Innovation Fundや本日ご出席の住友林業といった事業会社のほか、大学、国内外の機関投資家がいます。私たちは年間約3000社の投資案件を検討しますが、実際に投資に至るのは40社程度で、6号ファンドは17年1年間で35社、70数億円の投資を完了しました。基本的な投資の領域は、AI、ロボティクス、ヘルスケア、ブロックチェーン、変わったところでは宇宙分野もあります。31人の専門人材を擁して、フェーズに合わせたハンズオン支援を強みとしていまして、これまでエグジットとしてはIPOが10件、M&Aが33件の実績を持っております。
本日のテーマであるオープンイノベーションについて申しますと、大企業は選択と集中ということで、基本的に、コアといわれる事業に経営資源を集中投下してさらに成長を加速化していくという戦略を取っています。それが奏功して17年の上場企業の経常利益は2桁の増益で、18、19年もおそらく相当いい環境が続くとみております。
しかし一方で、大手企業の多くはイノベーションのジレンマを抱えています。どういうことかと言いますと、流通市場におけるアマゾンや自動車市場におけるテスラのように、ある日突然異業種が参入してきて、一挙にマーケットポジション取られてしまう可能性が非常に高くなっているのです。技術革新のスピードが上がっていることに加えて、ベンチャー企業の側も資金調達能力が高まってきていますから、非常に短期間にマーケットポジションを取りに行けるという環境にもなりつつあります。したがって、大企業の側から見るとリスクが拡大してきている状態ということになります。このイノベーションジレンマに対する対策をきちっと考えておかないと、足元では好業績の大企業といえども、20年30年後に同じ状況が持続できていくかわかりません。そこで、経営状況が良い今のうちに、社内資源のみに頼らずベンチャー企業、あるいは大学などと共創して革新的なビジネスモデルや製品・サービスの創出へとつなげるオープンイノベーションを行うべきだと多くの経営者が感じており、近年CVCが増えているのも、そうした大企業の危機感が背景にあるのだと思います」
「31VENTURES Global Innovation Fund」を設立した三井不動産
―― 三井不動産の菅原さん、自己紹介を兼ねて三井不動産のオープンイノベーションの取り組みをご紹介ください。
菅原 「私は、1987年に三井不動産に入社しました。この部に着任するまでは、オフィスビルの仕事やIT関連、医療関連の仕事をしてきました。当社は、まさに不動産専業で今まで成長してきたわけですが、百合本さんがおっしゃるとおり、マーケット全体を見ますと不動産事業そのものの環境が大きく変化していると感じています。オフィス、住宅の大量供給が続いていますが、これが10年先、20年先も同じペースで供給できるかと言えばおそらくそれは難しいと思っています。今まではいいハードを作れば売れる、あるいは借り手がいるという時代だったと思いますが、これからはそこで働く人、あるいは生活をされている方たちを豊かにするようなソフト面の充実を図る方向に軸足を移していく必要があると感じております。
そうした背景から、当社が新たな価値を創造していくためには自前主義にこだわらず革新的な技術、サービスを持つベンチャー企業との共創が必要だということになって、15年4月にベンチャー共創事業部を立ち上げ、15年12月にはグローバル・ブレインとCVCファンド「31VENTURES Global Innovation Fund」を設立しました。
当社の場合、これまでにベンチャー企業との付き合いがなかったわけではなく、ビル賃貸事業の一環として20数年前からオフィスをベンチャー企業にご提供してきました。具体的には、1990年代から幕張(千葉市)の『ワールドビジネスガーデン』内で、2013年以降は霞が関ビルディングでのビジネス支援付きのオフィスや、コワーキングスペースとイベントスペースを併設した『KOIL』(千葉県柏市)、『Clipニホンバシ』(東京都中央区)等で大企業とベンチャー企業のマッチングや新しい事業を生み出す取り組みも積極的に行ってまいりました。
投資においては、これまでもベンチャー企業に対する直接投資の実績はあったのですが、ベンチャー企業のニーズに即した機動的な資金提供の仕組みを構築するために、ベンチャー企業への投資および支援実績を豊富に持っておられるグローバル・ブレインとのパートナーシップによってCVCを設立することで、機動性のある資金提供体制を整えることができました」
住友林業「新事業戦略開発室」のミッション
―― 永江さん、住友林業というと木造住宅ではトップメーカーとして知られていますが、新事業戦略開発室を立ち上げた背景にはどのようなことがあったのですか。
永江 「一番の要因は、外部環境の大きな変化と、それに対する経営陣の正確な危機認識だと思います。バブル経済の頃、1990年前後の住宅着工件数は170万戸近くありました。しかし、それが2030年には50万戸台になるというシンクタンクの予測データがあります。マーケットが3分の1ぐらいになるということです。この市場予測を前にして大きなマインドセットの切り替えが求められました。もう1点は、消費行動の変化です。一例で言うと、シェアリング・エコノミーという言葉があるように、所有に対する観念が変化し、それに伴った購買プロセスの変化を現場でも肌で感じるようになってきました。
当社は1691年の創業で、327年の歴史を重ねた会社です。『住友の事業精神』というのがございまして、『公正、信用を重視し、社会を利する事業を進める』という事業姿勢は、住友の歴史を築いてきた先人から受け継ぎ、次代に継承すべき大切な財産です。おかげさまで、住宅事業も木造住宅では日本でトップブランド、木材建材商社部門でも業界ではナンバー1です。非常に安定し、かつ成熟したビジネスモデルができ上がっています。しかし、今申し上げたような外部環境の大きな変化に直面して、菅原部長がおっしゃったようにイノベーションが必要だという経営陣の判断で、当社も2011年4月1日付で会長・社長の直轄の部署として新事業戦略開発室が新設されました。
新事業戦略開発室のミッションは、既存の事業にとらわれることなく、新しい事業や新しいサービスを生み出すことです。既存事業の延長線上にある新規事業や新規サービスの開拓は各部門が担いますが、私たちはもう少し広い視野で中長期的な事業の方向性を調査・検討し、M&Aや資本業務提携、ベンチャー企業との連携などによって、新しい収益構造の開発が機動的にやれるような体制になりました。
本格的にベンチャー企業との共創に取り組み始めたのは16年で、菅原さんのところと比べますと2、3歩遅れていますが、ベンチャー企業との関係構築を百合本さんのご協力も頂きながら進めてきているというところです」
トップダウンで決まった新設部署
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