[ニューノーマル時代の日本企業M&Aの指針]

2021年10月号 324号

(2021/09/15)

第10回 グローバルHRオペレーション

佐藤 智哉(マーサー ジャパン M&Aアドバイザリーサービス部門 マネージャー)
  • A,B,C,EXコース
ニューノーマルは変革のチャンス

 未曾有のパンデミックにより突如として始まったwithコロナ時代だが、その中でもたらされた新たな働き方は時間の経過とともに定着し、ニューノーマル(新しい常態)として受け入れられるようになった。例えば、テレワークに関しては、東京都が実施したテレワーク導入率調査(N=454)によると、都内企業(従業員30人以上)の導入率は2020年3月時点で24%だったものが、2021年2月では65%との結果になっている。ビデオ会議等の部分的なリモート環境での勤務を含めれば、この数字以上に広く普及しているように思う。

 M&Aという文脈においては、買収目的の「早期の」「着実な」達成への圧力がこれまで以上に強まっており、成長戦略の早期実現が待ったなしの状況となっている。一つの方向はトップラインをどのように伸ばしていくかということであり、そこはビジネス部門中心に買収前から前のめりで議論されていることが多い。一方で、もう一つの方向であるボトムラインの引き上げを実現するための生産性の向上、言い換えれば、コストを抑制しつつ実現したいビジネスプランを実行する体制・オペレーションの構築は、重要性こそ認識されているものの十分な時間をかけて議論され、うまく実行されているケースはそこでまで多くないように感じる。理由はいくつか考えられるが、デューデリジェンス時点で、生産性向上の実現に向けた議論が十分になされるほどの時間や必要な粒度の情報がないことがほとんどである。特にスタンドアロンで買収後も現状の体制・オペレーションを維持する場合はよいが、問題は事業譲渡・カーブアウトの場合であろう。一旦はTSA(Transition Service Agreement)で現状の体制・オペレーションを維持することになるが、そのままなし崩し的に現状の体制・オペレーションをコピーするようでは、せっかくの生産性向上のチャンスを逃していることになる。それでは買収目的の早期実現は不可能といっても過言ではないだろう。

 本稿では、グローバルHR体制・オペレーションの中でも、投資効果が定量的に見え辛くなかなか手をつけ辛いグローバルベースの人事基盤・システムに焦点を絞り、ニューノーマル時代を変革のチャンスと捉え、土台整備の重要性、ポイントについて述べていきたい。


グローバルHR体制・オペレーションを支える4つの人事基盤

 一般的に、日本企業が欧米企業の事業譲渡・カーブアウトを受け入れる場合は、事業特性の違いや人事制度(等級や報酬水準等)の違いにより、新規受皿会社を立ち上げるケースが多いと言える。

 既存の海外法人での受け入れ、新規受皿会社の立ち上げのいずれの場合であっても、人事基盤の面では①~④のようなシステム・オペレーションが必要不可欠となるだろう。

人事基幹システム
 社員の基本情報を管理するシステム。全社基幹システム(ERP)のみならず、会計、経費精算、各種セキュリティ・入退室、各種PCのアクセス権限等、あらゆるシステムに連携する。

給与システム(ペイロール)
 時間管理、勤怠管理と合わせて社員に対して給与を支給するためのシステム。給与支払い実務は各国の法制度に基づく必要があるため、グローバルで単一のシステムを持つことは不可能であり、ローカルのシステムを活用する、あるいは、ペイロールベンダーにアウトソースするのが一般的である。

ペンション・ベネフィットプログラム
 新規受皿会社を設立する場合には、ペンション(退職金・年金)やベネフィット(保険、福利厚生)のプログラムの設立が必要となる。とりわけ、欧米ではペンションやベネフィットの重要度が高く、また、会社として負担するコストも高い。市場水準の検証を行いつつ、売り手の制度に準拠した形での制度設計を行うことが多い。

人事機能・組織体制
 事業部門をカーブアウトする際には、いわゆるコーポレート機能は含まれないケースが一般的である。人事部門では、HRBP(人事ビジネスパートナー)、事業部門人事が対象となり、人事の企画・戦略機能や人事オペレーション機能は含まれない。カーブアウト後の人事実務、オペレーションを行う体制、機能整備が不可欠である。


日本と欧米企業の人事システムの違い

人事基幹システムは他のITシステムと連携するものであり、事業運営上不可欠である。しかしながら、多くの日本企業は、グローバルに対応できる人事システムをもっていないのが実態である。(図1参照)

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