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(2023/11/20)

2023年下期のアクティビスト活動概観~資本市場からの要請に対する対応は途上段階

菊地 正俊(みずほ証券 エクイティ調査部 チーフ株式ストラテジスト)
  • A,B,EXコース
<目次>
  • アイ・アールジャパンHDの上期決算は減収増益
  • 株主総会の株主提案の賛否
  • 焼津水産化学工業の非上場化のTOBが不成立
  • コスモエネルギーHDは2回目の株主総会を開催
  • 香港・シンガポールの投資家は親子上場企業等に着目
  • 注目される日系運用会社の議決権行使基準の変更
  • 中間決算での低PBR対策の発表は期待ほど多くない

アイ・アールジャパンHDの上期決算は減収増益

 アイ・アールジャパンホールディングス(HD)が10月31日に発表した2023年度上期の売上は前年同期比0.4%減の30.7億円、営業利益は同70%増の8.4億円となった(図表1)。売上ではアクティビスト対応などの有事対応案件が+4.1億円の増収になった一方、平時対応案件が-4.3億円の減収だった。不祥事を背景に、既存顧客の一部から解約があったものの、強固な信頼関係に基づく包括的なエクイティ・コンサルティングの受託を継続したと述べた。減収にもかかわらず増益になったのは、人件費が-1.1 億円、株主総会対応費用等が-1.9 億円と減ったためである。

 アイ・アールジャパンHD は、実質株主判明調査で圧倒的シェアを誇っているが、金融庁が現在、金融審議会で議論している大量保有報告制度の見直しで実質株主の判明が容易になれば、アイ・アールジャパンHDの優位性が揺らぐ可能性があろう。

 アイ・アールジャパンHDの集計によると、2023年9月末時点で日本に参入しているアクティビストファンド数は70、株主提案数は69件とともに過去最高になった(図表2)。

【図表1】 アイ・アールジャパン HD の売上と営業利益の推移
【図表1】 アイ・アールジャパン HD の売上と営業利益の推移

出所: QUICK Astra Managerよりみずほ証券エクイティ調査部作成

【図表2】 日本に参入しているアクティビストファンド数と株主提案数
【図表2】 日本に参入しているアクティビストファンド数と株主提案数

注: 2023年は9月30日時点。日本株投資が明らかになっている国内・海外でアクティビスト活動実績があるファンド。アクティビスト活動を開始していない時期の日本株投資はファンド数に含まない
出所: アイ・アールジャパンHD資料よりみずほ証券エクイティ調査部作成

株主総会の株主提案の賛否

 以下に5~6月の株主総会の株主提案の賛否を集計した(図表3、4)。株主提案は欧米系運用会社が高い一方、生保が低い傾向がある。議案別で運用会社の賛成率が高かった株主提案には、ナナホシマネジメントの焼津水産化学工業に対する買収防衛策の廃止提案の86.7%(投票した15社中13社が賛成)、英アセット・バリュー・インベスターズ(AVI)のNC HDに対する剰余金処分を株主総会の決議によらずに決められる定款を変更する提案の84.6%(同13社中11社が賛成)、ヴァレックス・パートナーズのテクノメディカに対する増配提案の76.9%(同13社中10社が賛成)、米Kaname Capitalのフクダ電子に対する買収防衛策の廃止提案の73.3%(投票した15社中11社が賛成)などがあった。

 買収防衛策には100%反対する運用会社が多いので、買収防衛策廃止の株主提案への賛成率が高いのは必然だが、キャッシュリッチ企業に対する増配の株主提案にも賛成が多かった。テクノメディカは2023年3月末に総資産の60%が現預金だった。一方、運用会社の賛成がゼロだった株主提案には、英Nippon Active Value Fund(NAVF)の石原ケミカルとバンドー化学に対する譲渡制限付株式報酬制度に係る報酬額改定の提案、旧村上ファンド系によるコスモエネルギーHDに対する取締役選任提案、リム・アドバイザーズによるテレビ東京HDに対する定款一部変更(日本経済新聞社との共同事業運営契約の開示)、AVIによるNC HDに対する定款変更の提案があった。

【図表3】2023年6月株主総会で運用会社の賛成が10件以上だった主な株主提案
コード会社名提案者株主総会日提案内容全体の賛成率
(%)
機関投資家の
賛成率 (%)
2812焼津水産化学工業ナナホシマネジメント6月23日買収防衛策の廃止33.486.7
5930文化シヤッターストラテジックキャピタル6月20日代表取締役の個別報酬開示に係る定款変更30.3145.8
    代表取締役に対する業績連動報酬の計算方法の開示に係る定款変更28.0945.8
6236NC HDAVI6月29日定款の一部変更(剰余金の配当)69.4584.6
6678テクノメディカヴァレックス・パートナーズ6月28日剰余金処分 (配当性向を100%とすること)41.3676.9
6960フクダ電子Kaname Capital6月29日買収防衛策の廃止24.3273.3
7203トヨタ自動車Kapitalforeningen MP Investなど3社6月14日気候変動に関連した渉外活動の年次報告書を作成することを求める15.0625.0
7226極東開発工業 ストラテジックキャピタル6月27日代表取締役に対する業績連動報酬の開示30.0955.0
8511日本証券金融ストラテジックキャピタル6月22日代表執行役社長の報酬開示23.4445.5
9413テレビ東京HDリム・アドバイザーズ6月15日定款一部変更(取締役報酬の個別開示)11.1855.6

注: 2023年6月開催株主総会での株主提案。機関投資家の賛成率は社数ベース、機関投資家48社のうち、議決権行使を行った機関投資家が10社以上、賛成が10社以上だった株主提案。議決権行使を行った機関投資家の社数は企業により異なる。このリストは推奨銘柄でない
出所: 各社資料、一橋大学大学院経営管理研究科 円谷昭一教授データベースよりみずほ証券エクイティ調査部作成

【図表4】 2023年5-6月株主総会で運用会社の賛成が2件以下だった主な株主提案
コード会社名提案者株主総会日提案内容全体の賛成率
(%)
機関投資家の
賛成率 (%)
1861熊谷組オアシス6月29日自己株式の取得12.194.3
剰余金の処分13.624.3
1890東洋建設 Yamauchi-No.10 Family Office6月27日取締役報酬額改定44.810.5
1976明星工業Nippon Active Value Fund6月22日譲渡制限付株式報酬制度に係る報酬額承認15.769.5
    定款の一部変更 (取締役の過半数を社外取締役とする)14.349.5
2810ハウス食品グループ本社ダルトン・インベストメンツ6月27日定款の一部変更 (取締役の株式保有ガイドラインの制定)11.539.1
定款の一部変更 (取締役の過半数を社外取締役とする)11.974.5
2812焼津水産化学工業ナナホシマネジメント6月23日取締役1名選任21.06.7
定款の一部変更 (気候変動リスク対応)21.613.3
3151バイタルケーエスケー・HDNippon Active Value Fund6月29日定款の一部変更 (取締役の過半数を社外取締役とする)15.65.3
3865北越コーポレーションNippon Active Value Fund6月29日譲渡制限付株式報酬制度に係る報酬額承認36.104.2
自己株式の取得37.838.3
    定款の一部変更 (取締役の過半数を社外取締役とする)36.464.2
4362日本精化Nippon Active Value Fund6月23日譲渡制限付株式報酬制度に係る報酬額改定8.255.9
自己株式の取得9.2711.8
    定款の一部変更 (取締役の過半数を社外取締役とする)9.845.9
4462石原ケミカルNippon Active Value Fund6月28日譲渡制限付株式報酬制度に係る報酬額改定9.600.0
    定款の一部変更 (取締役の過半数を社外取締役とする)20.9315.4
4973日本高純度化学ひびき・パース・アドバイザーズ6月20日剰余金の配当方針に関わる定款変更23.830.0
5021コスモエネルギーHD シティインデックスイレブンス6月22日監査等委員でない取締役1名選任25.930.0
5195バンドー化学Nippon Active Value Fund6月27日譲渡制限付株式報酬制度に係る報酬額承認0.180.0
    定款の一部変更 (取締役の過半数を社外取締役とする)7.504.5
5357ヨータイキャピタルギャラリー6月22日剰余金の処分33.6012.5
5930文化シヤッターNippon Active Value Fund6月20日自己株式の取得21.388.3
    定款の一部変更 (取締役の過半数を社外取締役とする)15.008.3
5930文化シヤッターストラテジックキャピタル6月20日剰余金処分 (配当性向100%となる配当の実施)21.478.3
大和ハウス株式を株主に現物配当11.458.3
総会の招集者及び議長に係る定款変更11.764.2
会長職の廃止 (潮崎敏彦氏の退任を促す)11.464.2
5947リンナイダルトン・インベストメンツ6月29日定款の一部変更 (取締役の株式保有ガイドラインの制定)12.916.9
    定款の一部変更 (取締役の過半数を社外取締役とする)10.376.9
6236NC HDAVI6月29日定款の一部変更(取締役の員数)56.710.0
取締役(監査等委員である取締役を除く)2名選任26.15、27.450.0、7.7
定款の一部変更(戦略検討委員会の設置)26.120.0
定款の一部変更(買収防衛策の導入)56.590.0
定款の一部変更(株式の発行)56.410.0
    取締役への業績連動型株式報酬制度及び譲渡制限付き株式報酬制度に係る報酬決定58.0115.4
6809TOAダルトン・インベストメンツ6月21日定款の一部変更 (取締役の過半数を社外取締役とする)9.6610.5
6960フクダ電子Kaname Capital6月29日取締役の個別報酬額決定方法の変更6.296.7
    定款の一部変更(取締役の報酬額決定方法の規定の新設)6.296.7
6963ロームダルトン・インベストメンツ6月27日譲渡制限付株式報酬制度に係る報酬額承認17.416.3
7226極東開発工業 ストラテジックキャピタル6月27日取締役への株価条件型譲渡制限付株式付与のための報酬決定21.7710.0
従業員に対する株価条件型賞与の支給に係る定款変更16.105.0
7239タチエス ストラテジックキャピタル6月20日剰余金処分(トヨタ紡織株式の現物配当)23.769.1
8168ケーヨー リム・アドバイザーズ5月23日定款一部変更 (政策保有株式の売却)11.211.8
    自己株式の取得7.75.9
8511日本証券金融ストラテジックキャピタル6月22日執行役会長の廃止10.419.1
    大株主(シンフォニー・フィナンシャル・パートナーズ)から受けた重要提案の開示10.374.5
9413テレビ東京HDリム・アドバイザーズ6月15日定款一部変更(日本経済新聞社との共同事業運営契約の開示)1.290.0
9735セコムダルトン・インベストメンツ6月27日自己株式の取得9.213.1
    定款の一部変更 (取締役の過半数を社外取締役とする)18.783.1

注: 2023年5-6月開催株主総会での株主提案。機関投資家の賛成率は社数ベース、機関投資家48社のうち、議決権行使を行った機関投資家が10社以上、賛成が2社以下だった株主提案。議決権行使を行った機関投資家の社数は企業により異なる。このリストは推奨銘柄でない
出所: 各社資料、一橋大学大学院経営管理研究科 円谷昭一教授データベースよりみずほ証券エクイティ調査部作成

焼津水産化学工業の非上場化のTOBが不成立

 焼津水産化学工業に対して、YJ HD(独立系投資会社のJ-STARが運営)が8月7日~10月18日に1137円で行ったTOBは、応募が買付予定数の下限に達せず不成立に終わった。焼津水産化学工業はTOBに賛同する理由として、国内食品市場の縮小や投資先企業とのシナジーの可能性等を挙げていたが、株式市場の一部では、アクティビストからの追及を免れるためのTOB賛同だったと推測された。スタンダード市場上場の焼津水産化学工業は、6月23日の株主総会でナナホシマネジメントが株主提案するまで、知名度がそれほど高くない企業だった。ナナホシマネジメントが行った6つの株主提案は賛成率21.0%~33.4%で否決(1議案は株主総会前に取下げ)されたが、買収防衛策の廃止に関する提案には投票した運用会社15社中13社が賛成した。ナナホシマネジメントは焼津水産化学工業の低ROE(過去5年平均で2.2%)、自己資本比率の高さ(2023年3月末に89.8%)、DOE(株主資本配当率)の低さ(同1.5%)を問題視した株主提案を行った。焼津水産化学工業は「内部留保資金は競争力の維持・向上を目的とした設備投資、研究開発資金等の資金需要に備えている」などと反論していた。

 その後、焼津水産化学工業は8月4日に、2022年5月に公表した中計のROE目標について、価格転嫁の遅れ等を理由に、2025年3月期5%を取り下げ、新たに2027年3月期1.9%の定量目標を策定した。TOB不成立後、焼津水産化学工業は安全・安心の向上、国内事業の強化、海外展開の加速、新たな事業分野創出の実現に取組むと発表した。

 運用資産が小さいナナホシマネジメントは大量保有報告書を提出していなかったが、旧村上ファンド系が9月5日に 5.96%で大量保有報告書を提出し、9月26日に保有比率を10.36%に引き上げた。

 さらに、3Dインベストメント・パートナーズも9月19日に9.78%で大量保有報告書を提出して参戦した(図表5)。アクティビストにはPBR約0.7倍でのTOBはありえないとの思いがあったようだ。焼津水産化学工業は持合比率が低い一方、個人持株比率が高かったため、アクティビストが株式を集めやすかったとみられる。YJ HDによるTOB価格はフロンティア・マネジメントが算出したとのことだったが、TOB発表後に急騰した株価がTOB価格を上回って推移していたことから考えると、①株式市場がTOB価格は低すぎると考えたか、②他のアクティビストの参入期待があったーーのどちらかだったと思われる。焼津水産化学工業は今後、株主価値向上に取組みつつ、アクティビストとの対話を進めていく必要があろう。

【図表5】 焼津水産化学工業の株価と旧村上ファンド系・3Dの保有比率の推移
【図表5】 焼津水産化学工業の株価と旧村上ファンド系・3Dの保有比率の推移

注: 11月10日時点
出所: QUICK Astra Manager、ブルームバーグよりみずほ証券エクイティ調査部作成




■筆者プロフィール■

菊地 正俊(きくち・まさとし)

菊地 正俊(きくち・まさとし)
1986年東京大学農学部卒業後、大和証券入社。大和総研、2000年にメリルリンチ日本証券を経て、2012年より現職。1991年米国コーネル大学よりMBA。日本証券アナリスト協会検定会員、CFA協会認定証券アナリスト。日経ヴェリタス・ストラテジストランキング2017~2020年1位、2023年2位。インスティチューショナル・インベスター誌ストラテジストランキング2023年1位。著書に『アクティビストの衝撃』(中央経済社)、『良い株主 悪い株主』(日本経済新聞出版社)、『日本企業を強くするM&A戦略』『外国人投資家の視点』(PHP)『TOB・会社分割によるM&A戦略』『企業価値評価革命』(東洋経済)、訳書に『資本コストを活かす経営』(東洋経済)などがある。

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