[Webマール]

(2023/01/17)

「役員選解任」を巡る株主の公開キャンペーンの新展開

~フジテックとオアシスとの攻防から考える

澤井 俊之(大江橋法律事務所 弁護士)
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はじめに~事案の概要

 香港の投資ファンド運用業者であるオアシス・マネジメント・カンパニー・リミテッド(以下「オアシス」という)は、2022年12月、東証プライム市場上場会社であるエレベーター・エスカレーター機器大手のフジテックに対して、臨時株主総会の招集請求を行い、社外取締役全員の交代を求めている。臨時株主総会は2023年2月に予定されており、社外取締役に期待される役割や望ましい取締役会構成のあり方が正面から問われるという点で、注目を集めている。

 もっとも、この臨時株主総会は、2022年6月23日の定時株主総会におけるオアシスによる内山高一会長(以下「内山氏」)に対する再任反対キャンペーンと、これを巡る両者の攻防に端を発しており、その内容や今日に至るまでの経緯においても注目すべき点は多い(注1)。

 そこで、本稿では、公表資料から得られる情報をもとに、定時株主総会と臨時株主総会に至る出来事を分けて、本件を理解する上で特に重要と思われるポイントを紹介したい。

【図表1】 オアシスとフジテックの定時株主総会に至る攻防
年月日出来事
2022年3月14日フジテック、オアシスより、内山氏が関わるフジテックの関連当事者取引についての調査を求める書簡の受領
3月24日オアシス、株券等保有割合が7.29%になったとして、大量保有報告書提出
4月18日フジテック、代理人弁護士を通じて、オアシス代理人弁護士に対して、その時点における調査結果に基づき、指摘された大部分の取引等は適法かつ適切な取引である旨を回答
5月19日オアシス、自社開設のキャンペーン用HPにおいて、内山氏が関わるフジテックの関連当事者取引等(以下「本取引等」という)に関する問題を指摘し、株主に対して定時株主総会における内山氏の取締役選任への反対票を推奨する旨を公表
5月20日フジテック、本取引等について適法かつ適切な取引及び行為であり、企業統治上も問題はない旨を公表
5月23日オアシス、株券等保有割合が9.73%になったとして、変更報告書提出
5月30日フジテック、5月29日に臨時取締役会を開催し、①外部の専門弁護士による調査等を踏まえ、本取引等は、法的にも企業統治上も問題ない旨、及び、②指名・報酬諮問委員会からの答申結果も踏まえ、定時株主総会における取締役候補者を変更しないことを決議した旨を公表
6月8日フジテック、同日の取締役会において、ガバナンス体制強化に向けた取組みに関して決議
6月17日フジテック、同日の臨時取締役会において、第三者委員会を設置し、本取引等の追加調査・検証を実施する旨を決議
6月23日フジテック、定時株主総会開催の当日に、内山氏を取締役候補者とする議案を撤回

(出所)EDINET、フジテックHP内のIRニュース、オアシス開設のHP「Protect Fujitec」


定時株主総会におけるオアシスによるキャンペーンを巡る経緯

1.オアシスによる詳細な報告資料の公表


 オアシスは2022年3月、当時フジテックの代表取締役社長であった内山氏が、フジテックと、同氏又はその親族が支配する法人(以下「関連法人」という)との間で、複数の不適切な関連当事者取引を行い、フジテックの利益を不当に害していた疑惑があるとして、同社に対して調査の要請を行っていた。そして、同疑惑を巡る水面下におけるやり取りを経て、2022年5月、自社開設のキャンペーン用ウェブサイトにおいて、定時株主総会における同氏の取締役への再任議案に反対する旨を株主に推奨するとともに、「フジテックを守るために」と題して、本取引等に焦点を当てた61ページのプレゼンテーション資料を発表した。

 同資料に記載された疑惑の内容については本稿で触れるものではないが、注目するべきはその手法である。単に疑惑を並べるのみならず、過去20年間にわたる有価証券報告書、疑惑の対象となる取引に関する全不動産の登記簿謄本、関連法人が保有するフジテック株式に係る大量保有報告書・変更報告書、疑惑の対象となるマンションの間取り・推定価格、衆議院の議事録等の各公開情報について詳細に調査・分析した内容と推論が記載されている。さらに、公開情報のみならず、独自の調査として、同社社員の私的利用を疑わせる現場写真まで掲載されている。

 近年、上場会社の情報公開が質・量ともに充実していくにつれて、アクティビスト株主が、株主総会前に公開キャンペーンを繰り広げ、公開情報をもとに詳細な資料を公表するケースが増えつつあり、実務上も浸透してきたと言える。特に、本件のように、経営課題や業績に関する問題ではなく、ガバナンスの問題や利益相反の疑惑は、注目が集まりやすく、一般株主にとっても理解しやすいテーマである。オアシスは、このようなテーマに焦点を当て、非公開情報に頼らずとも、公開情報の徹底的な分析と独自調査を駆使して、市場関係者の注目を集めつつ、分かりやすく問題点を提示する手法を示したと言える。実際に同氏の再任議案が撤回されたという効果を得たことから、このような手法は、利益相反の疑惑のある上場会社に対して今後も増えていく可能性がある。

 また、オアシスの資料によると、オアシスは、フジテックの現・元従業員の内部告発からもたらされた情報によって本取引等に関する事実の一部を把握したようである。また、キャンペーンサイトにはオアシスの連絡先メールアドレスが公開されていることから、上記資料の公開によりさらなる内部告発を招来した可能性もある。内部通報については、2022年に公益通報者保護法が改正されたほか、企業側が真摯な取組みを怠った場合に従業員等がSNS等への投稿を行う心理的なハードルは年々下がっているように見受けられ、経営陣が率先して対応していく重要性は高まっている。このような状況下において、アクティビスト等の株主が、企業のガバナンスに警鐘を鳴らしたり、本件のような詳細な資料を公表するなどして一定の信頼を獲得した場合、従業員等がこのような株主を内部告発の宛先に加える可能性は今後ますます増えてくると思われる。企業側としては、このような可能性も視野に入れつつ、必ずしも法令違反とは限らない問題であっても、内部で早期に拾い上げて自浄作用を発揮できるよう、より活用しやすい内部通報制度を追求することが求められよう。

2.弁護士の調査報告書

 フジテックは、オアシスのキャンペーンを受け、翌日の5月20日、第一報として、(それまでに行われた調査や、上記キャンペーンで新たに指摘された事項について至急に行われた調査を踏まえて)本取引等は、所定の法令・手続等に従ってなされた適法かつ適切な取引及び行為であり、企業統治上も問題はない旨を公表した。さらに、同月30日には、上記キャンペーンで指摘された本取引等の疑惑に対して、(水面下のオアシスによる調査要請を受けた後、調査を担当することになった社外取締役から依頼され、従前から調査を行っていた)外部弁護士による調査結果を公表するとともに、取締役会による審議の結果、いずれの取引についても法的にも企業統治上も問題ないことが確認されたと公表している。…


■筆者略歴
澤井 俊之(さわい・としゆき)
大江橋法律事務所 弁護士・ニューヨーク州弁護士
2008年京都大学大学院修了、2017年University of Michigan Law School LL.M.修了。2018年から2020年にかけて金融庁企画市場局市場課勤務(専門官)。取扱分野は、M&A、金融・証券規制、フィンテック等。主な著書として、「個人投資家へのESG投資の推奨と顧客本位の業務運営」(金融法務事情、2021年) 、「ESGに関するコーポレートガバナンス・コードの原則と実務対応」(BUSINESS LAWYERS、2021年)等

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