[書評]

2010年2月号 184号

(2010/01/15)

BOOK『動機付けの仕組としての企業-インセンティブ・システムの法制度論』

宍戸善一著 有斐閣 6000円(本体)

タイトルから本書の価値を見抜く人がどれほどいるだろうか。米国で発展した「法と経済学」の分析道具を使って、日本の会社制度と会社の実像をあぶりだし、さらに今後、日本企業が効率的経営をするために最適なコーポレートガバナンスのあり方も論じている。

動機付けの仕組としての企業とは何か。企業は人的資本と物的資本から成り立っている。当初は一体だったが、企業が発展するに従い、その拠出者は分離し、さらに前者は経営者と従業員に、後者は株主と債権者に分化し、利害対立が生じる。企業が効率的に経営され、価値を生み出すためには、それぞれの資本の拠出者が自分の投資が無駄になるのではないかという不安をなくし、拠出するインセンティブが阻害されないよう相互に動機付けし合う必要がある。動機付け交渉の仕組(インセンティブ・メカニズム)として企業をみ、ミクロ経済学から効率的な企業経営に必須の要素を抽出して、法制度論を展開している。

米国の受け売りではない。著者のコーポレート・ガバナンス論をみればわかる。米国で主流のエージェンシー理論では、会社は株主が所有し(株主主権)、経営者はその代理人として経営権が与えられるとし、経営者に対する株主の監視監督(モニタリング)がテーマになる。これに対し著者は、企業が効率的に運営されるかどうかは、モニタリング機能より人的資本の提供者である経営者、従業員が企業価値を最大化するインセンティブをもつかどうかにかかっているとする。人的資本を重視し、「従業員に明確な会社法中の地位を与える点で、注目に値する」(江頭憲治郎教授)と学会でも受け止められている。

企業の組織再編もインセンティブ構造の改変とみる。企業規模の拡大に伴い、ある段階になると、動機付けが機能しなくなる。人的資本の拠出者、物的資本の拠出者の再編成が必要になる。この観点から子会社化、持株会社化、人的分割などの人的資本の拠出者の再編が、また事業譲渡、企業買収、合併、MBOなど物的資本の拠出者の再編が論じられる。

戦後、いわゆる会社共同体と状態依存的ガバナンスで発展してきた日本型経営システムは80年代後半から機能不全に陥り、長期低迷している。著者は物的資本の拠出者が人的資本の拠出者と最適なインセンティブ契約が結べなくなったからと考える。従来の動機付けシステムが機能しなくなっているのだ。では、どういう動機付けシステムがいいのか。日本の会社法は米国型に形式的に収斂しているが、動機付けの仕組も市場重視の米国型に収斂させていけばいいのか。著者はノーと言う。動機付け交渉は、資本市場や労働市場などの社会的インフラの制約もあり、国ごとに違う。従ってコーポレート・ガバナンスが1つに収斂するようなことはない。特に日本のように企業特殊的投資が大事な製造業の比重が大きい国では市場重視型は向いていないと言う。「資本主義の多様性」論と共通する考えが示されている。具体的には社外取締役をボードに入れ、物的資本の拠出者の利益を代表して行動することを確保するシステムの構築が必要だとする。東証などが求めている独立役員もこの文派にある。

著者は、企業を「動機付けの仕組として見ることによって、これまで見えなかったことが見えてくる可能性がある」と言う。本書を読み終わって、実感もまさにそうであった。私の不勉強もあり、2006年秋に発行されたこの本の存在を知らずにきた。書評としては遅きに失し、落第とお叱りを受けることは甘んじて、紹介させていただく。(青)
 

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