日本を含む各国においては、国家の安全保障を経済的な観点から確保すること、すなわち「経済安全保障」が重要な課題となっている。企業の経済活動の一部であるM&Aの局面においても、経済安全保障に関して留意すべき点が当然ながら存在する。
一番端的に想起される経済安全保障に関連する留意点は、対内直接投資規制(外為審査など)に基づくクリアランスを取得するという手続であるが、単にクリアランスが得られればよいというものではない。重要なのは、M&Aの当事者として、クリアランス手続の中で国に対して「経済安全保障上の正当性」を示していくことである。この姿勢は、クリアランスの際に求められる誓約事項として、M&A後にも保持することが求められる場合がある。さらに、かかる正当性は、M&Aの局面に限られず、地政学上のリスクに対する取り組みとして、幅広くステークホルダーに示すことが求められる姿勢とも共通する。
本稿では、経済安全保障の本質と、それが具体化する規制の内容を概観した上で、投資家及び企業として、経済安全保障上の課題について説明すべき事柄について、示したい。
1.経済安全保障の本質
第2次世界大戦後、ブロック経済に対する反省から、世界貿易機関(WTO)を中心とする貿易及び投資の自由化が進められた。その後、二国間や多国間での経済連携協定(EPA)が進展し、国同士の経済的な結びつきの相互深化が安全保障にも資するとされていた。
しかしながら、自由化によって最も経済的な恩恵を得たのは中国であるとも評された。経済的な発展は軍事的な増強にもつながり、戦艦・潜水艦の単純な数において中国人民解放軍海軍(PLAN)はすでに米国を追い越しているともいわれている(注1)。
米国は、かかる経済面が下支えする中国の脅威に対して、貿易・投資の自由化には、国内規制の透明性、産業育成措置の公正性、技術やデータの窃取や囲い込みの禁止等、公正なルールを示し、これに中国が従わせることを目指す。これらのルールを環太平洋パートナーシップ(TPP)協定を通じて中国に守らせる方法は、米国自身のTPPからの離脱などによって達成できなかった。そこで、現在は、米国や有志の国内的な経済安全保障を目的とした貿易・投資等に関する規制をレバレッジとして、中国等に対する経済的な圧力をかけるフェーズにある。これに対して、中国も対抗措置として、経済制裁、輸出管理やデータ保護法等、類似の措置を2019年以降急ピッチで整備し、米国及び有志国の措置に対抗している。
他方で、各国では、
■筆者プロフィール■
上野 一英(うえの・かずひで)
2007年慶応大学大学院法務研究科卒業。2008年弁護士登録。国際商業会議所(ICC)通商・投資政策委員会メンバー。14年米国ジョージタウン大学ローセンターLLM。2014年10月から2015年5月まで、WilmerHale法律事務所(ワシントンDCオフィス)にて研修。2015年6月から2017年8月まで、経済産業省通商機構部にて、TPP等の通商交渉及び日本国が関わる世界貿易機関(WTO)における紛争解決手続を担当。専門は通商法(関税、アンチダンピング、輸出管理、投資・情報規制、経済制裁等)及びこれに関連する企業取引・紛争等。