買収先経営トップをリテインして最大限に活用する「間接統治」に対して、「片寄せ(Assimilation)」とは組織統合の一形態で、買収先を買い手組織の流儀に徹底して染め上げてしまうことを指す。具体的には、買収先を分解して買い手組織の指揮命令系統(レポートライン)に組み込み、対応する買い手の各部門からダイレクトに管理して、さらに各部門の仕事の具体的な手法、プロセス、ものの考え方などもすべて買い手の流儀に合わせてしまう、ということである。
この結果、買収先はばらばらになって、対応する買い手の既存組織と同一化し、時間の経過とともに見分けがつかなくなってしまう。買収先が固有に持っていたものは、基本的に消滅する。買収先経営トップのポジションも、なくなってしまうか、残ったとしても役割が大きく変わる。
片寄せのようにシンプルな、あるいは見方によっては露骨な統合方式を選択するのは、買い手と買収先の事業内容が同一であり、かつ買い手が買収先よりも明らかに格上である(優れている)からである。優れた方に躊躇なく合わせ切るため、最短の所要期間で最高の統合結果がもたらされる、という考えに立っている。
一方で、実際に片寄せ統合が成果を上げるには、事業や組織の類似性に加えて、買い手側に、買収先を分解して取り込むだけの組織能力が求められるなど、固有の難しさもある。そこで今回は、片寄せ統合を行いやすいタイプの国内案件を引き合いに出して話が難しくなりすぎないようにしながら、日本企業の行うクロスボーダーM&Aの課題を論じたい。
なお、本稿執筆に関連して、マーサージャパンM&Aチームの同僚であるプリンシパルの鳥居弘也から重要な示唆を得ているので、この場を借りて謝意を表したい。もちろん、本稿の内容についての責任はすべて筆者に帰すので、念のため申し添える。
片寄せ統合における割り切りの所在
国内のM&A案件には、時々、あるべき統合の絵姿が最初からとても明瞭に見えるものがある。それは要するに、買収先をバラバラに分解し、買い手組織に組み入れてしまう考えに立ち、かつ、買い手と買収先の実力差と力関係がはっきりしていてねじれがない(強者が弱者を買収する)ものである。具体的には、例えばまったくの同業種で、大手企業が中堅以下の企業を買収する場合である。買収に救済色があると、なおわかりやすい。
逆に、中堅以下の企業でも、強みや特色のある優良企業を買収する場合は、話にねじれが生じてややこしい。つまり、あるべき統合の絵姿を見通して買収するのではあるけれども、特に買収先が強みや特色を持っている部分については、買い手にはよくわからないことがある。このため、買収後に速やかにコントロールを利かせ、経営統合を推進するものの、中身に具体的にどのように手を付けるかについては、しばらく現状を維持してよく付き合って見てから判断する慎重さが求められる(買収先のコントロールの確立と経営統合については、本連載
第115回「統合推進のガイドライン」参照)。
また、強みや特色のある優良企業は、小なりといえどもプライドも矜持もあるのが普通なので、買い手はコミュニケーションもプロセスも、丁寧に、ステップを踏んで行う必要がある。このパターンの買収において、高飛車に出すぎて買収先の経営者や従業員にそっぽを向かれては、お目当ての強みや特色が手に入らなくなりかねない。
さて、話を本題に戻すと、まったくの同業で、強者が弱者を買収する場合、丁寧すぎるアプローチは最初から分かっている結論を時間をかけて確認するようなものであるから、却って害となろう。競争に勝てる姿を最短で実現し、企図した高い業績を最速で挙げて初めて、「ああ、このM&Aをやって本当に良かった」と買収した方も、された方も思うところがポイントである。
マネジメント(経営)の世界は、サイエンスやエンジニアリングにおける真理の探究とは原理が大きく違う。明らかに間違ったこと、勝ち目のないことをやればまず失敗するが、それさえ注意して避けるなら、何が正しいかが大体わかると、もはややりきるかどうかがマネジメントでの勝負の分かれ目となる。つまり、あとになって最善でないことがわかったり、少なからず問題が出たりしても、それは走りながら直して、とにかく走り切る。走り切るためには、第一に買い手の強い意思が問われる。第二に、問題が出てもなんとかできる組織能力が買い手に求められる。そして第三に、時には力関係で押し切って、潜在的な問題を問題として顕在化させずに、意識をより重要なことに向かわせる、という割り切りをうまく使うことが必要である。
片寄せ統合のプロセスと論点
図1は、本稿で論じる買い手と国内買収先の組織構造と、企業の「格」の関係を模したものである。まったくの同業であり・・・