第2回からは実践編として、実際にコミュニケーション戦略を立てる場合の考え方や手法を説明していきます。
M&Aにおける主なマイルストーン
ステークホルダー(利害関係者)とのコミュニケーション上の主なマイルストーンには次のようなものがあります。
0. M&A提案後~交渉過程:準備期間
2. MOU締結~クロージング
それぞれの段階において、検討・準備すべき事柄や対応方法は異なってきますが、日本企業による海外企業との一般的なM&A(敵対的買収ではない)の場合を念頭に、実際にどのような検討・準備を行う必要があるのかを説明していきます。
対外発表へ向けた基礎準備
企業ウェブサイト
M&A案件については、企業の説明責任を果たすという立場から、適切に開示することが求められています。特に海外M&Aの場合、海外のステークホルダー(投資家、対象企業の従業員など)が入手できる情報は、インターネットがあるとは言え、日本語という言語の壁もあり相対的に限られることになります。そのため、自社が発信源となり、積極的に外国語(最低限、英語)での情報を発信していくことが重要です。
今では多くの日本企業が、英語または複数言語での企業ウェブサイトを設けています。ただ、中には日本語の企業情報や会社沿革のページをそのまま英訳しただけだったり、日本語の思考で書かれた英文で、外国人には意味が分かりにくいキャチコピーや表現が使われていたりというケースも見受けられます。
M&Aの発表後、対象先企業のステークホルダーは最初に企業サイトにアクセスし、その企業のことを学ぼうとします。ですから、M&A発表前にあらかじめ、ネイティブのプロ(コピーライターや編集ライター)の力を借りて、そのようなステークホルダーに良い印象を持たれるようなコンテンツ(わかりやすく書かれた企業ミッション、ストーリー仕立ての会社沿革、トップや従業員の人となりがわかるようなメッセージなど)を充実させておくことが肝要です。外国語サイトを設けていないという企業の場合は、当該M&A取引に関する情報に特化したマイクロサイト(特設ウェブページ)を立ち上げるという手もあります。
企業ウェブサイトは、M&Aのクロージングまで適宜、情報を開示していく情報発信メディアとして有効活用しましょう。
メディアリーク対策
M&Aの交渉から基本合意、その対外発表に至る過程で、コミュニケーションで一番気にしなくてはいけないのが、メディア(報道機関)への情報リークです。優秀な記者ほど、交渉の初期段階から情報をつかみ、当事者だけでなく周辺の関係者からも情報を仕入れ、基本合意に至ったタイミングかつ企業の公式対外発表前に、スクープ(「特ダネ」)として報道しようとします。かつては、一部の懇意にしている記者にのみ事前に情報をリークし、「特ダネ」として大きく報道された後に、対外発表をするということもありました。しかし、公式な対外発表以前に関連情報を第三者に伝えることは、適時開示規制やインサイダー規制等に反する行為であり、法的リスクを伴います。公式の対外発表までは、第三者からの問い合わせに回答しないというスタンスで臨むケースが大半です。
対外発表まで回答しないという方針を取る場合、準備が必要なのが、関係者間での対応認識合わせと「ホールディング・ステートメント」です。
情報を入手した記者は、報道する直前の段階で、役員やM&Aに関わる担当者などへ直接、個別に問い合わせをします。これには、情報の最終確認(裏付け取り)と、報道予告の意味合いがあります。早朝や夜などに、不意打ちで役員の自宅などに訪問し、内密で話をするという場合もあります。そういった場合の対応方法や、即時に必要な関係者へ問い合わせ内容を共有するというプロセスの認識を合わせておく必要があります。
「ホールディング・ステートメント」は、事前に問い合わせが来た場合、または、リーク報道により他の報道機関から問い合わせが来た時に使う、あらかじめ準備された公…
■筆者履歴ダン・アンダーウッド(Dan Underwood 最高経営責任者)ウェリントン・スクール・オブ・ジャーナリズムならびにオタゴ・スクール・オブ・フィジオセラピーを卒業。オタゴ大学より物理療法免許取得。1998年日本に拠点を置くまでの7年間はフリージャーナリストとして、ニュージーランドとオーストラリアの媒体向けに幅広く執筆活動を行う。2002年に共同出資パートナーとしてアシュトン・コンサルティングの経営に参画。ジョン・サンリーと共に、多様な顧客基盤、バイリンガルな企業文化、そして幅広い知見を有する日本有数のクロスボーダーのPR企業へと牽引。日本語に堪能で、多岐に渡る業界の顧客にアドバイスを提供する中、特にM&Aコミュニケーション危機管理対応のチーム統括に加え、メディアトレーニングや幹部向けスピーチトレーニングを行っている。