[寄稿]

2022年4月号 330号

(2022/03/09)

米国の裁判から示唆されるわが国のM&Aプラクティス

吉村 一男(フィデューシャリーアドバイザーズ CEO)
  • A,B,EXコース
1. はじめに

 経済産業省が2019年6月28日に「公正なM&Aの在り方に関する指針─企業価値の向上と株主利益の確保に向けて─」(以下「M&A指針」という)を公表し、2年が経過したが、上場廃止を企図したMBO及び支配株主による従属会社の買収(以下「構造的な利益相反の問題を伴うM&A」という)については、一般株主が享受すべき利益を確保するため(M&A指針第2原則)、買収対象会社が、①独立した特別委員会の設置(原則3.2)、②外部専門家の独立した専門的助言等の取得(原則3.3)、③他の買収者による買収提案の機会の確保(マーケット・チェック、原則3.4)、④マジョリティ・オブ・マイノリティ条件の設定(原則3.5)、⑤一般株主への情報提供の充実とプロセスの透明性の向上(原則3.6)、⑥強圧性の排除(原則3.7)(以下「公正性担保措置」という)を講じるケースが増加している(東京証券取引所2021)。

 特に、②の専門家の助言のうち、ファイナンシャル・アドバイザーから取得するフェアネス・オピニオンの取得については、東京証券取引所が2013年7月に「適時開示に関する通知文」(MBO等に詳細な情報提供を求めた通知文)を公表後、M&A指針公表前まではわずか3件(全体件数の4.6%)であったが、M&A指針公表後、2021年1月末までは14件(うち2件は、買収対象会社自身と特別委員会がそれぞれ取得)となり、全体件数の30%(1%水準で有意)を占めている(鈴木2021a)。しかし、株式価値の算定(以下「バリュエーション」という)のアプローチやそのアプローチの下での前提や数値の設定、そしてM&A発表前日の株価終値に対する当事者で合意された取引価格(以下「取引価格」という)のプレミアムについては、競争的なM&Aを除き、大きな変化は見られないようである。

 もっとも、日本政府によるコーポレートガバナンス改革の進展(2014年のスチュワードシップ・コード制定や2015年のコーポレートガバナンス・コード制定)と機関投資家優位の構造によって、日本市場に新たに参入してくるアクティビスト株主が増加しているため(MARR[特別インタビュー] 2022年1月号 327号 (2021/12/09))、2017年のアルプス電気とアルパインの経営統合に伴うオアシスとの攻防に象徴されるように(MARR[M&Aスクランブル](2018/12/12))、構造的な利益相反の問題を伴うM&Aに反対するアクティビスト株主がM&Aの公表後、専門家にバリュエーションを依頼した上で、かかるバリュエーションに基づき、バリュエーションのアプローチやそのアプローチの下での前提や数値の設定の問題点を指摘し(鈴木2019)、取引価格を吊り上げるキャンペーン(M&A公表後の株価上昇(bump in stock price)とさや取り(arbitrage)を組合せるため、「Bumpitrage(バンプトラージ)」と呼ばれる。以下同じ。)を行うケースが増加する可能性がある(Emmerich & Norwitz 2020)。したがって今後は、「取引プロセスの公正性」に加え、「バリュエーションの合理性」を確保する必要性が高まるものと思われる。

 アクティビスト株主は、バンプトラージに買収対象会社が応じない場合には、裁判所に自己の保有する株式をバリュエーションし、公正な価格(以下「公正価値」という)の決定を求める権利(会社法785条等、以下「株式価格決定申立権」という)を行使し、裁判することができるが、本稿では、米国デラウェア州の株式価格決定申立権(デラウェア州会社法262条)における裁判から、「取引プロセスの公正性」や「バリュエーションの合理性」確保の在り方(以下「M&Aプラクティス」という)を提示する。

 まず、アクティビスト株主によるM&Aキャンペーンの動向を確認する(2)。次に、わが国のバリュエーション実務や株式価格決定裁判の課題を指摘した上で(3、4)、米国デラウェア州の株式価格決定裁判を検討する意味を考える(5)。その上で、2020年以降のかかる裁判における争点を紹介し(6)、わが国に示唆されるM&Aプラクティスを提示する(7)。


2. アクティビスト株主によるM&Aキャンペーンの増加

 ブリュッセル自由大学のMarco Becht教授、ロンドン・ビジネススクールのJulian Franks教授、早稲田大学の宮島英昭教授、鈴木一功教授の共同研究「Outsourcing Active Ownership in Japan」によると、

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