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[【事業承継】中堅中小企業の事業承継M&A ~会計税務の実務上の頻出論点~(M&Aキャピタルパートナーズ)]

(2019/12/11)

【第7回】売手に法人株主がいる場合に検討すべき株価の圧縮方法とは

桜井 博一(M&Aキャピタルパートナーズ 企業情報第二部 公認会計士・税理士)
はじめに 

 中堅中小企業のM&Aでは、様々な要因で譲渡対価が形成されますが、その金額が高額になればなるほど、買手会社の初期的な投資負担は大きくなります。

 資金力のある大企業が買手会社となる場合は別ですが、銀行から買収資金を調達してM&Aを実行する必要性がある中堅企業などが買手となる場合は、実務上、可能な限り譲渡対価を圧縮する方法がないか、売手のメリットも勘案しながら検討することが実務上多々あります。

 株価の圧縮方法については、第2回で解説した役員退職金の支給も一つの手法に含まれますが、本稿では、売手の株主に、法人株主(売手オーナーの持株会社や資産管理会社)がいる場合の株価の圧縮方法を中心に解説します。

 特に、売手の株主構成に法人株主がいる場合と個人の株主のみで構成されている場合とでは、売手にとってのメリットやデメリットが異なるため、状況に応じた制度の相違点や税務上の留意点について、しっかりと理解しておくことが重要です。

なぜ株価を圧縮する方法を検討する必要があるのか

 仮に、下記の財務内容の会社を買収対象の企業と仮定します。

<B/S>
資産:現金預金300百万円、建物100百万円、土地200百万円
負債:借入金100百万円
純資産:資本金30百万円、繰越利益剰余金470百万円

 上記の対象会社を、仮に純資産と同額で買収しようとした場合、買手会社が必要とする資金は500百万円となります。現行の税務上の規定では、M&A実行後6カ月を経過すれば、買収後の対象会社の現預金を買手会社は実質無税で吸い上げることができますが、M&A実行時には譲渡対価が500百万円であれば、当然、500百万円の買収資金を準備する必要があります。

 それでは、仮にM&Aを実行する直前に、対象会社が200百万円の配当を実施した上で、M&Aを行った場合はどうでしょうか。

<配当実施後のB/S>
資産:現金預金100百万円、建物100百万円、土地200百万円
負債:借入金100百万円
純資産:資本金30百万円、繰越利益剰余金270百万円

 譲渡対価を純資産と同額の500百万円としていた場合、配当実施後の譲渡対価は理論上、200百万円を差し引いた300百万円となります。

 売手は、配当金の200百万円と譲渡対価の300百万円の合計500百万円を受け取るという経済的実態は変わらないものの、買手会社のM&A実行時に必要な資金は300百万円となり、買手会社の調達すべき資金負担のみが減る結果となります。本稿では割愛しますが、第2回で解説した役員退職金の支給や第4回で解説した分割型分割による非事業用資産の切り離しなど、他の圧縮方法を組み合わせることで、さらに譲渡対価を圧縮することも検討できます。

 このように、M&A実行前に株価を圧縮することで、将来的に対象会社から配当で吸い上げるよりも、買手会社にとっては初期的な資金負担が減り、投資効率という観点からもメリットを享受できます。

 一方で、全てのケースにおいて、必ずしも配当が有効かというと、決してそうではありません。特に、売手の税制面の影響を考慮する必要があるためです。

売手の税務上の取り扱いと手取り額を考慮する

 売手は株式の譲渡対価のみで500百万円を受け取るか、配当金と株式の譲渡対価を組み合わせて500百万円を受け取るかでは、実質的な譲渡対価は変わらないものの、税務上の取り扱いの違いにより、税引後の手取り額が大きく異なる可能性があります。

 また、受け取る売手の株主が、「個人」か「法人」かの属性の違いによっても、所得税法と法人税法で税制が異なる点には留意が必要であり、それぞれのケースに応じた適切なスキームを検討する必要があります。

 先述の対象会社を例に、それぞれのケースにおける税引後手取り額について、具体例を使って解説します。

<仮に1人の個人株主が株式を100%保有する場合>

〇株式譲渡対価が500百万円の場合
譲渡所得税等:(株式譲渡対価500百万円-取得費30百万円)×20%=94百万円
税引後手取り額:500百万円-94百万円=406百万円

〇株式譲渡対価が300百万円+配当金200百万円の場合
譲渡所得税等:(株式譲渡対価300百万円-取得費30百万円)×20%=54百万円
配当に対する課税:200百万円×50%=100百万円
税引後手取り額:500百万円-54百万円-100百万円=346百万円

※1計算を簡便化するために、株式譲渡所得にかかる税率を20%(住民税等含む)、配当金にかかる総合課税の税率を50%と仮定しています(以下、同様)
※2資本金=取得費と仮定しています(以下、同様)
※3譲渡費用はゼロと仮定しています(以下、同様)

 上記の通り、仮に個人株主が株式を保有するケースでは、配当金を出して株式譲渡対価を圧縮してしまうと、総合課税による累進課税の税率が適用されるため、金額にもよりますが、手取り額が小さくなる可能性が高まります。

 したがって、個人の株主がいる際に株価の圧縮手法として配当金を出すことはあまり有効ではありません。

<仮に法人株主が株式を100%保有する場合>

〇株式譲渡対価が500百万円の場合
法人税等:(株式譲渡対価500百万円-取得費30百万円)×34%≒160百万円
税引後手取り額:500百万円-160百万円=340百万円

〇株式譲渡対価が300百万円+配当金200百万円の場合
法人税等:(株式譲渡対価300百万円-取得費30百万円)×34%≒92百万円
配当に対する課税:受取配当の益金不算入の規定により全額非課税
税引後手取り額:500百万円-92百万円=408百万円

※1計算を簡便化するために、法人税等の実効税率を34%と仮定し、源泉徴収税額は加味していません(以下、同様)
※2株式を100%保有してから、1年以上経過しているものと仮定しています(以下、同様)

 上記の通り、仮に法人株主が株式を保有するケースでは、配当金を出して株式譲渡対価を圧縮すると、法人株主が受け取った配当金は全額非課税となり、その分だけ手取り額が大きくなります。したがって、法人株主がいる際に配当金を出すことは、個人株主に配当を出すのとは異なり、買手会社だけでなく売手にもメリットが生じるため、積極的に検討すべき手法といえます。

自社株買いによる株価の圧縮について

 先述の例では、個人株主と法人株主がそれぞれ100%保有しているケースについて解説しましたが、実際の実務では、個人株主と法人株主が混在しているケースが多々あります。その場合、上記のように配当を行ってしまうと、売手は法人株主でメリットを享受できる一方、個人株主ではデメリットと成り得る可能性が生じてしまいます。

 そこで、配当ではなく、自社株買いを行うことで、法人株主におけるメリットのみ取れるという手法があります。

 すなわち、配当の場合、特定の株主に対してのみ配当を行うということはできないため、売手に個人株主と法人株主が混在している際に法人株主にのみ配当を行うことはできませんが、自社株買いであれば、特定の株主である法人株主に対してのみ自社株買いを行うことができるという特徴があります。

 自社株買いは、制度や手続きなどが配当とは若干異なりますが、株主への分配や出資の払戻しという意味では実質的には配当と同様の行為であり、税制面も類似な点が多々あります。
 
先述と同様の条件で、法人株主と個人株主が混在しているケースについて解説します。

<仮に個人株主が株式を60%、法人株主が株式を40%保有する場合>

〇株式譲渡対価が500百万円の場合(個人株主:300百万円、法人株主:200百万円)
個人株主の譲渡所得税等:(株式譲渡対価300百万円-取得費18百万円)×20%≒56百万円
法人株主の法人税等:(株式譲渡対価200百万円-取得費12百万円)×34%≒64百万円
税引後手取り額:500百万円-56百万円-64百万円=380百万円

〇株式譲渡対価が300百万円(個人株主:300百万円)+法人株主に対する自社株買い200百万円 ※自社株買いの実施後、個人株主の持株比率が100%になると仮定
個人株主の譲渡所得税等:(株式譲渡対価300百万円-取得費18百万円)×20%≒56百万円
みなし配当※に対する課税:受取配当の益金不算入の規定により全額非課税
税引後手取り額:500百万円-56百万円=444百万円

※みなし配当とは、株主が自社株買いに応じた際に、受領した金銭の内、出資の払戻し部分を超える金額をいう
(みなし配当=自社株買いの対価200-出資の払戻し部分12百万円=188百万円)

 上記の通り、個人株主と法人株主が混在しているケースにおいて、法人株主に対してのみ自社株買いを行うことで、株価を圧縮しつつ、売手の手取り額も増加させることができます。

受取配当の益金不算入の規定を適用するための保有割合は?

 先述の事例では、何れも法人株主が受け取った配当金に対して、税制上の非課税措置である「受取配当の益金不算入」が適用されるからこそのメリットと言えます。配当もしくは自社株買いを行う際は、同制度の適用対象となるか、下記の保有割合と保有期間を事前に確認する点に留意が必要です。

〇完全子法人株式等(保有割合:100%)に該当し、1年間保有した場合、配当金の全額が非課税
〇関連法人株式等(保有割合:1/3超)に該当し、6カ月間保有した場合、配当金のほぼ全額が非課税(厳密には配当金から負債利子を引くため、全額にはならないケースがあるが、負債利子は少額になるケースが多く、ほぼ全額といえる)
〇その他の株式等(保有割合:5%超1/3以下)に該当した場合、配当金の50%が非課税
〇非支配目的株式等(保有割合:5%以下)に該当した場合、配当金の20%が非課税

※上記の保有期間等についての厳密な規定は本稿では割愛します

 なお、自社株買いによるみなし配当についても上記の受取配当の益金不算入の適用対象となるため、保有割合に応じてみなし配当の金額を非課税とすることができます。

※自社株買いによるみなし配当で完全子法人株式等に該当する場合、配当と異なり、保有期間についての要件がないため、自社株取得日の前日における保有割合で上記の適用有無が判定されます

 したがって、保有割合に応じて20~100%の非課税措置を適用できるため、仮に対象会社の株式の保有割合が低くても、売手に法人株主が存在する際は、配当や自社株買いの適用を検討すべきといえます。

分配可能額と配当の原資に留意

 先述の通り、法人株主がいる場合は、配当や自社株買いの適用有無を検討することが有効な点について解説しました。一方で、必ずしも配当や自社株買いが実施できるとは限らないケースに留意が必要です。

 一つ目は、会社法上の財源規制があるという点です。具体的には、債権者保護の観点から、剰余金をベースとして算定した「分配可能額」の範囲内でしか配当もしくは自社株買いを実施できず、また、実施後の純資産が300万円を下回らないようにしなければならないという会社法上のルールがあります。

 分配可能額の厳密な計算方法は本稿では割愛しますが、基本的には、直近の決算書の貸借対照表の剰余金の合計額から、自己株式、進行期に決議した配当金支払いや利益準備金の積立額等を差し引いて算出します。

 なお、実務上であまり見かけませんが、臨時決算を組めば、進行期の利益を剰余金に加算することも可能です。

 留意点の二つ目は、配当や自社株買いの原資が存在するか、という点です。仮に前述の財源規制をクリアしても配当を行う原資がなければ実施することはできません。必ずしも金銭である必要はなく、現物での配当も可能ですが、まずは対象会社に金銭もしくは現物配当の対象となる非事業用資産が存在するか確認し、なければ買手会社からの借入なども検討する必要があります。

配当及び自社株買いを実施するための決議について

 配当は株主総会の普通決議で足りますが、特定の株主から自社株買いを行う際は、原則として株主総会の特別決議が必要となります。

 そのため、特定の株主である法人株主のみから自社株買いを実施する際は、反対する株主がいる可能性も考慮に入れ、決議を取れる議決権割合を意思決定者だけで保有しているかについても、念のため確認しておくことが必要です。

おわりに
 
 法人株主がいる場合は、配当金や自社株買いを行うことにより、株価の圧縮を行いつつ、売手も税務上のメリットを享受できるという点をご理解いただけたでしょうか。

 株価の圧縮方法は、配当や自社株買いだけではありませんが、株主の状況等に応じて、適切なスキームを構築できるよう、留意点や税制面の違いも含め、本稿記載の内容程度は最低限押さえておきたいところです。

 次回は事業承継税制の取扱いとM&Aとの関係についての解説を予定しています。

■ M&Aキャピタルパートナーズ

■筆者経歴
桜井 博一(さくらい・ひろかず)
大学在学中に公認会計士試験に合格後、卒業後は三菱東京UFJ銀行(現三菱UFJ銀行)に入行。中堅中小企業向けの融資業務や再生支援業務等を経て、株式会社KPMG FASにて中堅・上場企業向けの財務・事業デューデリジェンス業務を中心としたM&Aアドバイザリー業務に従事した後、M&Aキャピタルパートナーズ株式会社に参画。物流業界を中心に、飲食業界、アミューズメント業界等、幅広い中堅中小企業のM&A仲介業務に従事している。 



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