[書評]

2012年8月号 214号

(2012/07/15)

今月の一冊 『財務会計ルールの論理と政策―経済社会との交錯』

星野 一郎著  中央経済社/4200円(本体)

『財務会計ルールの論理と政策-経済社会との交錯』 星野 一郎著  中央経済社/4200円(本体)従来の会計学の本の枠を飛び越えたユニークな学術書である。無味乾燥な学問と誤解されがちな会計学が人間的な学問であり、しかも経済社会に大きな影響をもっていることを教えてくれる。
教科書的に言えば、財務会計とは、企業が外部の利害関係者に会計情報を提供するための会計制度のことだ。著者はこれを前提としながら、経済活動は金銭欲の権化と化した人間と企業の本性が表出したものであり、その本性をコントロールしながら活動成果を会計情報として数値化するのが財務会計ルールでありシステムであるとする。
目的は、企業の経営成績と財政状態を適時適切に開示することにとどまらない。経営資源(資金)の効率的配分を実行する場としての市場メカニズムを機能させ、究極的には経済成長に貢献する。優れて実践的なシステムなのだ。
企業が身を置く環境は、絶えず変転していく。企業も生物も、生存と成長を賭けて努力している組織体であり、適者生存と弱肉強食から逃れられない。「唯一生き残るのは、変化できる者」という点で企業も生物も同じなのだ。財務会計も、環境変化に対応して変化が想定される。しかも、企業を取り巻く環境たるや、近年は国際化、情報化、ハイテク化で変転目まぐるしい。したがって会計基準などのルールは改良され続けていく宿命にある。この点が、スポーツのルールと違うところだ。
では、こうしたルールは、どう形成されるのか。論理、理論だけでは構築できない。対立する利害関係者の納得、透明性、社会的認知(認識)が必要不可欠だとする。演繹手法で会計基準を導き出すいわゆる「概念フレームワーク」についても社会的認知の向上が欠かせないと指摘する。
著者は会計を建前でなく、本音で語る。公認会計士の業務を「水商売」といい、経営成績を寸分の狂いもなく測定することは、そもそも不可能だという。開示された会計情報と企業の実質との乖離があることが財務会計の永遠のテーマである。こうした「会計の性(さが)」が不正経理の生じる本質的背景の一つになっているとして、考究を進める。
経営者の恣意性も、経理自由の原則がある以上、完全に排除できない。しかし、人間本性の性悪の側面が顕在化しないようなシステムを構築することはできる。内部統制システムはその代表例だ。従来の財務会計論では、企業に資金を提供する投資家(株主)と債権者について検討されることが多く、経営者については無視されがちだった。しかし、財務会計は、経営者による自己評価システムであり、その点に制度構築や運営上の問題の所在がある。そのため著者は、経営者の意思決定や行動を視野に入れて考察を加えている。
財務会計ルールは、究極の目標が経済成長にあることからみても分かるように国の産業政策、経済政策と密接な関係にある。著者はこの視点から、近年の日本の会計制度改革の特徴を分析している。法律側(会社法など)が企業会計基準設定へのコミットメントを放棄して、会計側に任せたことで、企業経営と企業会計上の裁量が増し、その分、投資家や債権者に対する保護施策に影響を及ぼしていると言う。従前の債権者保護が変質し、米国型の私的契約のコベナンツ(財務制限条項)が利用されるようになったのも、こうした背景があるとしている。
最後に「壮大な研究テーマ」を提起する。金融危機の後、金融機関にかかわる「金融会計」のあり方が世界的に問題になっている。会計学、経済学、政策論が交錯し、事業会社、監督官庁、中央銀行も絡んでくる。著者は、金融機関にかかわる多数のステークホルダーの意思決定や利害調整を会計面から検討し、金融会計という新たな学問領域の知見を提案している。
金融会計で重要なのは、金融商品の評価の問題以上に、不良債権処理の問題を考察することだとする。さらに金融会計は政治や経済との結びつきが極めて強い特徴がある。国際化の進展で、調整の舞台も国際決済銀行などから、今やG20首脳会合、財務相・中央銀行総裁会議といった外交交渉の場に移っている。いずれにしても、理論や論理より政策や政治に重点を置いた施策の立案、実行せざるを得ない状況になってきているというのだ。
本書には、学者が物事を分析するときの手法も説明されている。例えば、2つの事象の関連を分析するとき、因果性(一方通行)と相互性(双方通行=フィードバック)のどちらの関係にあるかを考えるというのだ。肩苦しい議論の中に、著者の趣味である映画の台詞の引用なども盛り込み、会計学が生身の人間、企業、経済社会を扱う学問であることを教えてくれる。
(川端 久雄)
 

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