[書評]

2010年3月号 185号

(2010/02/15)

BOOK 『公器の上場戦略-経営者のホンネと市場のタテマエをつなぐプレイヤーのビジョン』

佐々木秀次著 ダイヤモンド社 2400円(本体)
日本の新規上場企業(IPO)は2009年は19社に過ぎなかった。ピーク時に比べ10分の1に落ち込んでいる。IPO市場は、経済社会の活力の源である。日本社会は少子高齢化と言われて久しいが、それと同じ現象が企業社会でも起きているのだろう。このままだと日本経済は縮小に向かう。IPO市場低迷は上場後に信用失墜行為を行った企業の経営者の責任が重いが、このような企業の上場を支援してきたプレイヤーの責任もある。IPO市場の信頼回復に向け実務家の研究会ができ、研究討議した。その成果が本書である。
内部統制、国際会計基準など最近の企業を取り巻く規制環境の変化は目まぐるしい。こうした新たな環境のもとでIPO市場を適正化する20の視点が示されている。もちろん上場を目指す経営者自らが先頭に立たなければならないが、上場を支援する証券会社、監査法人などプレイヤーのあるべきビジョンを再設定する。業界の常識に挑戦したという。
プレイヤーにとって顧客企業サービスが第一だ。しかし、企業は上場により公の存在、即ち経済社会の公器になる。こうした公器の品質を保証し、市場に送り出すのがプレイヤーだ。プレイヤーは顧客企業のことを考えるだけでなく、市場に不利益をもたらさないよう考える責任がある。その観点から具体的な提案をしている。例えば監査法人は、上場支援業務で、同一の業務執行社員による監査業務とアドバイザリー業務の兼務は止めるべきだという。最近、上場準備企業は、まずアドバイザリー契約を締結し、その後、上場申請のための監査契約を締結するようになっているが、兼務の場合、上場させようとする余り、顧客企業に対する意識(正義)が働き、市場(公正)を無視しても上場させようとしがちになるからだ。編著者は、市場の原理は正義でなく、公正だと強調する。その上で、市場においてもっとも大切なものは、規制では捉えきれない倫理観だと強調する。日本社会がグローバル化の中で失ったものを、もう一度再構築しようとしている。
日本はタテマエとホンネのダブル・スタンダードの社会である。平和憲法(タテマエ)を定めながら自衛隊(ホンネ)という軍隊をもつ。企業会計の分野では、市場に対しタイムリーな開示を求める会計処理(タテマエ)と、含み損益を損益計算書に反映しない会計処理が同時に会計慣行(ホンネ)として認められ、経営者はホンネの処理を選択してきた。経営者のホンネと市場のタテマエをつなぐのが、両者の間に立つプレイヤーの役割だ。公認会計士である編著者は、大学で会計学を学ぶ中で倫理感の大切さを恩師から学んだ。それだけにプレイヤーとして市場の公正さと顧客企業の板ばさみに苦悩してきたのだろう。
本書は上場準備企業向けに会計制度、コーポレート・ガバナンス、内部統制、有価証券報告書など上場企業をめぐる制度について理論、実務の両面から最新の解説も行っている。上場企業に求められる制度が概観できて便利でもある。一読して、公器として上場企業に求められる標準装備のレベルの高さが分かる。最近、これに耐え切れず、MBOで非上場企業に戻る企業も増えているが、こうした企業の上場を支援してきたプレイヤーの責任もある。プレイヤー内部からこういう問題提起の本が刊行されたことの意義は大きい。(青)

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