アップル、マクドナルド等のトップを歴任し、この間、エレクトロニクス、外食それぞれの産業で、圧倒的な地位を作ることに成功した原田泳幸氏をホスト役に、今注目の起業家をお招きして未来を牽引するイノベーターの発想を対談で探る「GREAT INNOVATORS」。
世界ではじめて角形Ni-Cd電池を開発 久保田 「今回は、CONNEXX SYSTEMS(以下CONNEXX)の塚本社長をゲストとしてお招きしました。原田さんも塚本さんも、研究開発、エンジニアから社会人としての人生をスタートしておられます。原田さんはアップルコンピュータで、塚本さんは米国でQuallionというベンチャー企業を設立し、さらに日本でCONNEXXを立ち上げるなど、それぞれコンピューター、エネルギーの領域に従事されてきました。分野は違えども、これまでのチャレンジを通じた共通点も多くあるのではないかと思います。まず、塚本さんから日本でCONNEXXを立ち上げるまでのキャリア、チャレンジについてお伺いしたいと思います」
塚本 「私は1979年に京都大学工学部化学工学科を卒業して、GS日本電池に入社し、20年近く新型電池の開発に従事する中で、カードラジオ用の世界一薄いボタン電池やウォークマン用の世界初の小型角形Ni-Cd電池(ガム電池)の製品化や、80年代後半以降はリチウムイオン電池の製品化等、非常にやりがいのある仕事を経験させていただきました。ただ、そうした新型電池の消費量が増えていき、それに伴って非常に大きな投資を続けていった一方で、用途がカムコーダー、コンピューター及び携帯電話というモバイル用途に限定されていたのが心配でした。
当時はリチウムイオンの技術が日本にしかなかったので、海外でも研究発表を行う機会が多かったのですが、ある時、米国の方から人体に埋め込む医療用電池を開発してもらえないかという依頼を受けました。私としてはやりたいと思ったのですが、GS日本電池としてはあまりにも需要量が少ないこともあって、お受けできなかったのです。
しかし私は、40代の半ばにあって技術者として当時がピークだと思っていましたし、病で苦しむ患者を救うためには誰かがこの事業に取り組まなければという思いが日増しに強くなり、人がやらない難しいことにチャレンジしようと思い、米国行きを決意しました。1999年のことです」
ロサンジェルスでQuallionを立ち上げ、医療向け電池にチャレンジ
久保田 「それが、Quallionというベンチャー企業の設立ですね」
原田 「米国で開発された電池とはどのようなものですか?」
塚本 「ロサンジェルスの倉庫を借りて、人の体内に埋め込む医療用インプラントデバイス向けの電池や宇宙衛星用の電池など、特殊なリチウムイオン電池の開発を手がけました。米国では特殊な腰痛に罹る人が毎年約6000人います。その症状は24時間続く激痛で、電車に轢かれるような痛みに襲われて、その病気に罹った人は大体3年以内に自殺してしまうとさえ言われていました。その痛みを緩和するために、心臓ペースメーカーの技術を脊髄に応用し、脊椎に電極を刺して外からパルスを送るSpinal Cord Stimulatorという脊髄電気刺激療法が開発されたのです。このインプラント機器に磁気で外から充電するための電池を開発しました。その後、宇宙衛星用の電池を開発しました。こうして、12年かけて売上高10億円超、従業員80人の会社にすることができました」
原田 「私も社会に出た時はエンジニアとしてNCRでPOSの開発をやりました。私が設計した製品を世界中に出したのですが、数カ月に1回偶発故障が起きて、もう正月も帰れないほど世界中をトラブルシューティングのために回りました。原因は静電気によるノイズがほとんどでしたが、1ビット狂っても1億円単位の間違いが出ますから、顧客の要求は極めて厳格でした。その時にお金に纏わるものと命に関わるものは二度とやるまいと思った経験があります。塚本さんのビジネスは、命に関わるリスクもあったと思うのですが、その点はどのように考えていたのですか?」
塚本 「私もそれは強く思いました。医療分野では心臓関係が一番大きな市場だと思いますので、最後まで手を出しませんでした。心臓は直接生命に関わりますので後回しにし、バッテリーに不具合を起こした場合でも命にはすぐ関わらない神経刺激のデバイス用から入っていこうと考えたのです。私が始めた医療用電池は、数量はとても少ないですが、非常に単価の高い電池で、当時はまだ年間30億円弱の市場でした。私はこの分野で自分の会社のコア技術として、長寿命・高信頼性技術を開発し、この技術を使って宇宙衛星用の電池へと進みました。医療用も宇宙衛星用も、どちらも同じ材料、同じ設計理論、同じ品質管理システムとしました。それにより適正規模な会社を構成することで、非常に長期間(30年以上)の製品寿命を担保しようとしたのです」
東日本大震災を契機にCONNEXX SYSTEMSを創業
久保田 「11年に米国から帰国されて、京都でCONNEXX SYSTEMSを創業されました。日本で新たなベンチャーを立ち上げられたのは、どのような想いがあったのでしょうか?」
塚本 「米国でインプラント用の電池を開発し、さらに衛星用の蓄電池開発にも携わるなど、多くの経験を積んで、それなりに充実した日々を過ごしていたものの、11年3月11日に発生した東日本大震災によって大きなダメージを受けた日本の姿を傍観していることができませんでした。帰国して、河原町今出川のクリエイション・コア京都御車というビル内に一室を借りて、11年にCONNEXXを設立しました。GS日本電池ではモバイル電池、Quallionでは医療用・宇宙用の電池を開発しましたが、CONNEXXに関しては、電力ネットワーク系の電池の開発をやろうと思って立ち上げました」
インフラ向けの画期的蓄電池の開発にチャレンジ
久保田 「現在はインフラ向けの蓄電池を開発しておられるということですが、現在、CONNEXXでチャレンジをしているバインド電池、ハイパー電池、シャトル電池という3つの製品のコンセプトについてご説明いただけますか」
塚本 「まずバインド電池は、過充電に対する安全性が最大の特長です。リチウムイオン蓄電池は高性能ですが、しっかり管理しないと暴走する恐れがあります。特に過充電が起こってしまうと重大事故に至る可能性が非常に大きくなります。そのため全てのリチウムイオン電池は、電気回路(保護回路)で過充電を防止しています。バインド電池も保護回路を備えていますが、特徴的なのは電池系内に鉛電池を含んでおり、その鉛電池が過充電エネルギーを自動的に排出するようになっている点です。つまり、過充電を防止する一般的な保護回路に加えて、過充電エネルギーを排出する化学的な仕組みが付いているのです。この点では従来のリチウムイオン電池とは別次元の安全性を有していると言えると思います」
原田 「リチウムイオン蓄電池の課題として、価格が高いことが挙げられますがこの点はどのようにクリアしているのですか」
塚本 「たしかに、リチウムイオン蓄電池に比べて、鉛蓄電池は安いという利点があります。しかし、リチウムイオン蓄電池が5,000回以上充放電を繰り返すことができるのに対して、鉛蓄電池の充放電回数は1,000回程度で、生涯に充放電できる電力量を比較すると、リチウムイオン蓄電池の方が費用対効果は高いというメリットがあります。そこで当社のバインド電池は2つの電池のメリットを活かすために、日常使用ではリチウムオン蓄電池を主として使い、鉛蓄電池は基本的に取り置き容量として非常時に使用する設計となっています。すなわち、停電検知すると鉛蓄電池を深く使うような深放電になるようなシステム設計です。この設計が日米欧で特許となっています」
久保田 「EV(電気自動車)が普及すると、蓄電池の価格が劇的に下がると期待できますね」
塚本 「実際にEV先進国の中国では、リチウムイオン電池の価格破壊が進行中です。私は以前EVには懐疑的でしたが、イタリアでEVレーシングカーの開発現場を見て考えが変わりました。EVはより繊細なトラクションコントロールを可能とするので、サーキットタイムが圧倒的に短いんです。要するに早い。色々と課題はあったとしても、車はEV化せざるを得ないと思った瞬間でした」
関西電力グループと資本・業務提携
久保田 「ハイパー電池、シャトル電池は、それぞれどのような特長がありますか」
塚本 「キャパシタ(コンデンサー)と同等の大電力入出力特性と、キャパシタの20倍以上の高いエネルギー密度を同時に実現したハイパワーリチウムイオン電池がハイパー電池です。自動車や鉄道、産業装置等における大電力回生、太陽光発電や風力発電等、不安定電力の平準化等への活用を目指して、製品化しました。現在、モバイルロボット用途に出荷中です。
その一方で、シャトル電池は、鉄の酸化還元反応と固体酸化物形燃料電池(SOFC)の発電機能を組み合せた新タイプの高エネルギー密度電池です」
原田 「リチウムイオン電池と比べる...
■はらだ・えいこう
1972年日本NCR株式会社入社。研究開発部。90年アップルコンピュータ・ジャパン(当時)入社マーケティング部長。96年米国アップルコンピュータ社バイスプレジデント就任(米国本社勤務)。1997年アップルコンピュータ代表取締役社長兼米国アップルコンピュータ副社長就任。2004年2月日本マクドナルド代表取締役会長兼社長兼CEO就任。05年西友/Walmart社外取締役就任。13年ソニー社外取締役、ベネッセホールディングス社外取締役就任。14年ベネッセホールディングス代表取締役会長兼社長就任。16年6月同社退任。19年12月ゴンチャジャパン代表取締役会長兼社長兼CEO就任、ゴンチャグループグローバルシニアリーダーシップチームメンバー就任。株式会社原田泳幸事務所代表取締役社長。
■つかもと・ひさし
1979年京都大学工学部化学工学科卒業。GS日本電池入社。The University of Aberdeen(Scotland, UK)博士号取得。98年Quallion LLC(LA, USA)を設立、CEO/CTO就任。GS日本電池株式会社では、世界ではじめて角形Ni-Cd電池を開発・製造し、モトローラ・マイクロタック携帯電話用、SONYのカセットケースサイズWalkmanの実現に貢献した。さらに、国防用Li-Al熱電池の開発・製造、および携帯用薄型Li-ion電池の開発・製造において主導的な役割を果たした。Quallion LLCにおいては、医療、衛星、軍事用等、高信頼性Li-ion電池の開発・製造し、国際電池・材料学会技術賞、フロスト・サリバン賞、Boeing社Technology Supplier Awardを受賞する等、特殊用途Li-ion電池分野において卓抜した業績を残した。2011年、高信頼性蓄電池に関する知見を民間利用、特に移動体、再生利用可能エネルギー分野に適用するべくCONNEXX SYSTEMS株式会社を創設し、現在に至る。
■くぼた・ともひこ
UBS証券、ソニー、GCAを経て、2014年にデジタル・テクノロジー分野でのインキュベーション事業を手掛けるGCAの子会社アンプリアの代表取締役に就任。15年以上に渡り、メディア、テクノロジー業界にて、日本企業と米国のテクノロジベースの企業とのM&Aや戦略的アライアンスを実現。日米のメディアおよびデジタル・テクノロジー企業をクライアントとしている他、メディアおよびテクノロジー業界でのカンファレンスにも多数スピーカーとして参加。17年7月に日本での体制強化に伴い、GCAテクノベーションに商号変更。