[対談・座談会]

2019年8月号 298号

(2019/07/16)

[座談会]本音で語る「スタートアップのバリュエーション実務」

【出席者】(五十音順)
久保田 朋彦(GCAテクノベーション 代表取締役)(司会)
小林 丈人(GCA エグゼクティブディレクター)
山中 卓(i-nest capital 代表取締役)
  • A,B,EXコース
左から小林 丈人氏、久保田 朋彦氏、山中 卓氏
左から小林 丈人氏、久保田 朋彦氏、山中 卓氏
<目次>
自己紹介
  1. スタートアップへの投資環境 
    3つの大きな変化 
    優先株式のメリット・デメリット 
    事業会社によるスタートアップへの投資姿勢の変化 
    CVCの評価
  2. 実務編 
    DCF法か類似会社比較法か類似取引比較法か 
    減損テストといびつな事業計画 
    結局、いくらなら買収交渉が成立するか 
    売り手と買い手のギャップを埋めるアーン・アウト 
    キャピタリストが考えるイグジット・タイミング 
    デュアルプロセス 
    のれんの減損をめぐって
まとめ
自己紹介

久保田 「今回は、スタートアップへの出資・M&A実務におけるバリュエーション、というテーマで、ベンチャー投資家及びM&A実務家の観点から、お話をいただきます。これまで、スタートアップ業界においては、バリュエーション実務は、大企業同士のM&Aと比較して、理論的な検証が行われる機会が少なかったと思います。その理由としては、①グロースというよりも、アーリーステージの企業への投資が多く、その場合、そもそも事業計画を作ることが困難だったため、また、②イグジットがM&Aではなく、IPOを志向するケースが多かったため、という理由があげられます。近年では、グロースステージの企業への出資を検討する大型のベンチャーキャピタル(VC)が出てきたことや、M&Aイグジットを選択するスタートアップが増えてきたことを背景として、スタートアップのバリュエーションについて、注目されることが増えてきました。本日のディスカッションでは、i-nest capital山中さんには、投資を実行するVCの立場、GCA小林さんには、バイサイドの事業会社のアドバイザーの立場で、お話をいただきたいと思います。本題に入る前に、山中さん、小林さんという順番でまず自己紹介をお願いします」

山中 「私は、もともと振り出しが銀行で、日本興業銀行に1994年に入行し、9年間勤めました。みずほ銀行に統合されたのが2002年ですが、私は03年に銀行を退職して、前職の『モバイル・インターネットキャピタル』というベンチャーキャピタル(VC)に入りました。ここで15年間ベンチャー投資に携わり、社長まで務めさせていただきました。おかげさまで15年間にそれなりのトラックレコードもでき、同社を18年に退職いたしまして、『i-nest capital(アイネストキャピタル)』というVCを立ち上げて新ファンドの組成に向けて今準備をしているところです」

久保田 「直近の案件としては、人工知能(AI)を活用したインターネットサービスの企画・開発・運営会社のHEROZですね」

山中 「そうですね。HEROZは 09年6月に投資し18年4月に東証マザーズ市場に上場いたしました。3000万円の投資から、80億円弱ぐらいのリターンを得られた案件です」

小林 「私は2003年にプライスウォーターハウスクーパースという会計事務所に入りまして、そこで5年半ぐらい、主に税務周りの仕事をして、その後にGCAに入社しました。GCAでは10年強、M&Aのエグゼキューションにフォーカスしてやっております。バイサイドでのアドバイザリー時に、クライアントとバリュエーションについて様々な議論をしてきましたので、実務的なお話ができればと思っております。よろしくお願いいたします」

久保田 「私は、UBS証券等のM&Aアドバイザリー部門にいました。そのあとソニーに6年間いて、05年からGCAで仕事をさせていただいています。GCAが、08年、西海岸に拠点をおくM&Aアドバイザーのサヴィアン社と経営統合したあと、シリコンバレー発のテクノロジを、M&A・出資というソリューションを使って、日本企業が取り込む仕事をしてきました。これまでは、『米国企業』の資金調達やM&Aイグジットのサポートをしてきましたが、日本でも、米国式のスタートアップサポートのビジネスを本格的に始めることを目指し、2年前に、GCAテクノベーションを設立しました。直近ですと、Fracta(水道管破裂を予測するアルゴリズムの開発提供)の栗田工業への売却や、お金のデザイン(ロボアドバイザーによる資産運用サービスの提供)による資金調達などをサポートさせていただきました」


Ⅰ. スタートアップへの投資環境

3つの大きな変化

久保田 「今回の座談会の本題である、スタートアップのバリュエーションの実務についてお話しいただく前に、スタートアップの投資環境自体が、どのように変遷してきたのかについて、VC業界を長年ご覧になってきた山中さんに振り返っていただきたいと思います。この20年間、ドットコムバブル、リーマンショックなど様々な出来事があり、その都度、スタートアップ業界も大きく変化、成長をしてきたと思います」

山中 「私の経験から、投資環境の大きな変化ということで3つお話ししたいと思います。1つは、人材の問題です。1999年11月に東証マザーズ市場ができて、スタートアップが上場しやすくなったことを契機に、成功事例も積み上がってきました。その結果、スタートアップの成功者たちが、エンジェル投資家になり、またベンチャー起業家が認知されてきたということもあって、起業にチャレンジしようという若者も含めて、人材の層が厚くなってきたことがあると思います。私がこの業界に入った03年当時は、この人は大企業では勤まらないというようなタイプの人が、起業家には多かったように思いますが、今では学生起業家も増え、プレゼンテーションが非常に上手くなりましたし、MBAホルダーの人が起業家を目指すというケースも珍しくなくなりました。このように、起業家の層が厚くなったという変化は、すごく良いことだと思っています。

 2つ目は、優先株式による投資が一般的になってきたということです。03年当時は、普通株式による投資が一般的で、優先株式を使うとすごくグリーディーな投資家のように受け取られるということがあったのですが、今ではシリーズA、シリーズBといわれるアーリーステージの投資であれば、優先株式を使うことが普通になってきています。これは、M&AによるイグジットをVCが選択する上で非常に重要なことだと思っています。というのも、このあと議論させていただきますが、やはりVCとしては、基本的にはIPOを前提にバリュエーションを行います。ただ、現実的には期待を下回る価格でM&Aイグジットをする場合もあります。このような場合に、VCにとって、最低限のリターンを、しっかり優先株式で確保できるようになったということは、投資環境を整えたという点で、非常に重要でした。

 3つ目は、

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