[【小説】新興市場M&Aの現実と成功戦略]

2015年9月号 251号

(2015/08/17)

第5回 『合宿所』

 神山 友佑(デロイト トーマツ コンサルティング パートナー)
  • A,B,EXコース

【登場人物】(前回までのあらすじ)

  三芝電器産業の朝倉俊造はインドへの赴任を命じられた。半年ほど前に買収したインドの照明・配線器具メーカー(Reddy Electricals)への出向である。
  赴任初日、先輩社員である伊達伸行に案内してもらった工場は、製造用金型の管理の杜撰さなど、朝倉に新興国M&Aの実態を突きつけるような状況であった。朝倉は赴任前とのイメージの違いに戸惑いを感じた。
  そんな中、朝倉は先輩である伊達と井上に連れられるまま、CEOである狩井の自宅に連れて行かれた。



自分事

  レッディ社CEOである狩井が作ったパスタと焼きうどんを、伊達と井上、そして朝倉はきれいに平らげた。決して手の込んだ高級な味ではない。日本から送ったレトルト・ソースを使っているだけかもしれない。しかし朝倉には格別の味がした。伊達も井上もお世辞で「美味い」と言っているのではなく、確かに美味いのだ。狩井社長と会うのも話すもの今日が初めてなので、朝倉はそれをどう伝えて良いのかがわからなかったが、初めての海外赴任初日の緊張感がフッと和らいでいく感じがした。
  食事が終わった後も、狩井を中心に仕事の話が続いた。テーブルには空になった皿が残ったまま、伊達も井上も熱心に自ら面前している業務について語り続けている。気がつけば食事が出されてから2時間半以上も経っていた。赴任初日の朝倉には、理解が追いつかない話も多い。しかし朝倉は自然と先輩社員同士の話に引き込まれていった。しかも話を聞くにつれて、言いようの無い安心感と尊敬を狩井らに抱き始めていた。
  昼間、工場で垣間見た厳しい現実を忘れることは決して出来ない。しかしそれらと向かい合いながら、目の前の諸先輩は全く右往左往せずに落ち着いて対策を議論している。当然ながら日本でも尊敬すべき先輩社員は多くいた。しかしそれとは何かが根源的に違うのだ。自分が単に海外赴任に慣れていないだけかもしれない。数ヶ月して環境に順応すれば、そんな違いなど忘れてしまうかもしれない。ただ朝倉は、狩井や伊達・井上に対してこれまで感じたことの無い人間的な深さや強さを感じずにはいられなかった。彼らは朝倉が日本で接してきた先輩社員よりも、仕事やビジネスを自分事として捉えているような気がしたのだ。

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