第1 はじめに 国の行政機関が命令等(政令、省令など)を定めようとする際には、行政手続法第6章に基づき、広く一般から意見を募り、その意見を考慮することで、行政運営の公正さの確保と透明性の向上を図ることを目的として、パブリックコメント(意見公募手続)(以下「パブコメ」という。)が求められる。命令等制定機関は、提出された意見や、それがどう考慮され命令等に反映されたか(されなかったか)、なぜ反映されたか(されなかったか)について、命令等の公布と同時期に公示する(以下「パブコメ結果」という。)こととなっている。パブコメ結果は、命令等制定機関の公式解釈ではないものの、公布された命令等の解釈に際し、実務上、非常に重視される。経済産業省(以下「経産省」という。)が2023年8月31日に公表した「
企業買収における行動指針 -企業価値の向上と株主利益の確保に向けて-」(いわゆる公正買収指針、以下「本指針」という。)についても、同日付でパブコメ結果(以下「本パブコメ結果」という。)が公表されている。本指針は、行政手続法上の命令等(注1)には該当しないはずであるが、パブコメを求めたことからも、ブラックロー(制定法令)ではないがソフトロー(行政府が示す法解釈等も含む広い概念)として、命令等に準じる効果、すなわち示される側(買収を巡る当事者)が本指針に準拠することで生じる法的安定性と予測可能性を期待し又は義務と感じることを経産省として期待していると考える。
本パブコメ結果では320の意見が公示されている。各「御意見に対する経済産業省の考え方」(以下「本回答」という。)では、いくつかのパターンがある。本パブコメ結果において、反映されなかった意見と本回答に記載された反映しなかった理由を観察することで、本指針に対する当事者の期待とその限界が明らかとされている。中でも、本回答において、明確に反映を否定された意見や「貴重な御意見として承ります。」と回答された意見(注2)については、経産省は本指針の対象範囲外の意見と捉えているか当該意見を取り合う必要はないと捉えている、と考えることが適切と考える。これにより、今後の実務上も、本指針の適用がベストプラクティスとして求められる局面で、反射的に、本回答から読み取れる、本指針で結果的に無視された意見は、本指針を引用することで自己の経済的利益を求めることが難しい意見として扱われる可能性が、または本指針に基づき行動する立場からは本回答を引用することでベストプラクティスではないと反論されてしまう可能性が、高いと予想する。
本指針自体の紹介については、各所で既出であり、紙幅の関係上、他の論稿に譲ることとし、本稿では、上記のような本指針で明確に反映を否定された意見と結果的に無視された意見のうちいくつかに焦点を当てて、本指針の適用境界を明らかにすることを試みる。
■筆者プロフィール■
中川 秀宣(なかがわ・ひでのり)
TMI総合法律事務所パートナー弁護士。主に、M&A、バンキング、キャピタル・マーケッツ、金融コンプライアンス、不動産取引、投資ファンド・ビジネス、ストラクチャード・ファイナンス/流動化、買収ファイナンス、会社の支配権を巡る紛争、不良資産ビジネス、国際取引法務などを手掛けている。