「人的資本」と聞いて何を思い浮かべるでしょうか。リスキリング、働き方改革、ジョブ型雇用、労働生産性、ジェンダー平等・・などが挙がると思いますが、事業ポートフォリオの見直しという目的のために人的資本のマネジメントに注目が集まっていると筆者は考えています。
日本企業の低利益率の一因として、事業ポートフォリオの見直しが進んでいないことが指摘できます。なぜ事業ポートフォリオの見直しが進まないのか。その大きな理由は、それぞれの事業に属しているヒト(従業員)が変化の阻害要因となっているからです。伊丹敬之教授はそれを「心理の粘着性」と呼んでいますが、ヒトをうまく事業間で動かすことができるようにすることが事業ポートフォリオの見直しの際には肝心です。これは既存事業に限定した話しではありません。将来の事業展開を見据えて未来志向で考えていく必要があります。つまり、自社の事業を将来どのように展開していくかの構想が何よりもまず最初にあって、そのために既存の従業員をリスキング(知識の追加取得)したり外部から採用したりするわけです。これが人的資本マネジメントです。したがって、人的資本は人事の問題でも開示の問題でもなく、経営の問題です。
事業ポートフォリオの見直しを積極的に進めているレゾナック(旧昭和電工)の髙橋秀仁社長は「レゾナックの人的資本経営として、ポートフォリオ戦略と人材戦略は合致することが必要です。(中略)レゾナックの人的資本経営の強みは、CEOとCHROが完全にシンクロして、これに全てをかけていることだと思います。もう一つの強みは、私が10年後の姿を明確にイメージできていることだと自負しています。」(
「RESONAC REPORT 2023」Letter from the CEO)と述べています。実際、同社取締役のスキルマトリックスには「ポートフォリオ経営」という項目が含まれています。このように、まずは事業ポートフォリオの見直しがあって、それに合わせてヒトを動的に再配置していることが求められています。貸借対照表(イメージ)を使って説明してみましょう。
■筆者プロフィール■
円谷 昭一(つむらや・しょういち)
一橋大学大学院 経営管理研究科 教授
2001年、一橋大学商学部卒業。2006年、一橋大学大学院商学研究科博士後期課程修了、博士(商学)。2011年より一橋大学経営管理研究科 准教授、2021年より現職。2019年、韓国外国語大学客員教員。専門は情報開示、コーポレート・ガバナンス。2007年より日本IR協議会客員研究員。日本経済会計学会理事、日本IR学会理事。金融庁「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」委員、「日経統合報告書アワード」副審査委員長。主著に『政策保有株式の実証分析』(日本経済新聞出版,2020年6月)、『コーポレート・ガバナンス「本当にそうなのか?」2-大量データからみる真実』(同文舘出版,2023年3月)など。