- <目次>
- 一 自己紹介
- 二 2022年度の非財務情報開示等に関する主な制度的動向等
- 三 人的資本戦略と開示~議論の前提となる共通視点~
- 1
非財務情報の発信強化に対する企業側の動機と投資家側の動機
- 2
デットガバナンスからエクイティガバナンスへの真の転換
- 3
「投資家に刺さる」とは何なのか
- 4
経営戦略と人事戦略の連動性のロジック・ストーリー性とは何か
- 四 人的資本戦略に取り組む企業側の留意点
- 1
投資家の目線:持続可能な社会で生き残っていく企業は企業内の改革が必要
- 2
ROICの分母の資本を使わないと言うことで止まっていては「投資家に刺さらない」
- 3
建設的対話が成り立つ投資家に発信する
- 4
Human Resourceの90年代→タレントマネジメントの21世紀→最近のHuman Capital(人的資本)
- 5
エンゲージメントには①エンプロイーエンゲージメントと②ワークエンゲージメントがある
- 6
欧米企業は才能のある人に対する投資を訴求する
- 7
人的資本への訴求がないと企業のサステナビリティが示せない
- 8
高まっている日本企業側の熱量・動機
- 9
SX経営の重要性
- 10
人的資本のKPIとROIC等とが結び付いたストーリーを語る
- 五 人材版伊藤レポート2.0について
- 1
人的資本経営の実現は『実践』と『開示』の両輪
- 2
『人材版伊藤レポート2.0』のポイント
- 3
『投資対効果の把握』/『動的な人材ポートフォリオ』/『投資家との対話』/『取締役会の役割の明確化』/『経営人材育成の監督』の進捗が遅れている
- 4
企業と投資家の認識ギャップを埋める『人的資本経営コンソーシアム』
- 5
コロナと共生できる雇用システムは日本型か欧米型か
- 6
投資家は関心がある企業価値向上施策にリンクした人的資本戦略について説明して欲しい
- 7
経営戦略と人的資本との連動について所管するCHROの重要性
- 8
『間違いなく仕事をする管理型』の人事部からの脱却
- 9
海外投資家を戦略的パートナーと意識することで海外従業員からの納得感も増した
- 10
人的資本の専門性の評価が企業競争力のキモ
- 11
サステナビリティに本気で取り組んでいない企業には優秀層が来ない
- 12
海外従業員はプロ意識があるので社会的課題への関心が高い企業であることでエンゲージメントが高まる
- 13
『うちの社員食堂のストローを全部紙にしました』では企業価値とリンクしたサステナビリティの訴求ではない
- 六 人的資本可視化指針について
- 七 人的資本戦略に関する実務的論点について
- 1
従業員エンゲージメントスコア
- 1-1
プロフェッショナル意識が高い人ほどエンゲージメントが高い
- 1-2
従業員エンゲージメントを本気で見ていることを外部に示すHRブランディング戦略
- 1-3
従業員エンゲージメントスコアの数値の単純なヨコ比較では意味が無い
- 2
リスキリング
- 2-1
リスキリングには①スキル習得と②マインドセットの再設定の2つがある
- 2-2
リスキリングの成果を示す工夫
- 2-3
①専門性のまとまったリスキルと②キャリア自立を高めるリスキル→組織として不足しているスキルに対する目的あるリスキルが重要
- 2-4
ファンクショナルなリスキリング
- 2-5
1人の人間としての存在を会社が認めるところまで広げると人的資本になる
- 2-6
事業ポートフォリオ戦略と紐づいたリスキリング
- 3
間接部門の人的資本とKPI
- 3-1
間接部門をコストセンターと考えるべきではない
- 3-2
DX化の流れの中での人的資本の付加価値
- 4
人的資本ROICなどのKPI
一 自己紹介
武井 「毎年、企業法制の振り返りをしていますが、ここ数年はガバナンスに関する観点から重要な施策が出されています。2022年はなんといっても人的資本を含む非財務情報開示を巡る制度において重要な進展があった年でした。
日本の上場企業のグローバル比較でのアンダーパフォームが長年の課題であるなか、非財務情報や人的資本を中心とした無形資産への投資戦略(経営戦略との連動)とその可視化(開示)が多くの日本企業に問われており、その点に関して新たな時代を迎えようとしています。2022年はまさに『人的資本改革元年』であり、企業にとって注目度が高いテーマであるため、今日はそのテーマに詳しい方々にお集まりいただきました。
『
人材版伊藤レポート2.0』の関係で、経済産業省 経済産業政策局 産業人材課長の島津裕紀さん。『
人的資本可視化指針』の関係で、経済産業省 経済産業政策局企業会計室長/内閣官房 企画官の長宗豊和さん。両検討会・研究会に参加しておられるニッセイアセットマネジメント 執行役員チーフ・コーポレート・ガバナンス・オフィサーの井口譲二さん。さらに、『人材版伊藤レポート2.0』の検討会に参加しておられ、企業目線で人事課題に取り組んでいらっしゃいますロート製薬 取締役 CHRO(Chief Human Resource Officer:最高人事責任者)の髙倉千春さんにご参加いただきました。司会は私西村あさひ法律事務所の弁護士武井と、私の補助として同僚でパートナー弁護士の安井桂大が行います。
まず私から自己紹介をさせていただきます。私は2015年の
コーポレートガバナンス・コード(CGコード)策定を含め、日本の上場企業のガバナンス改革のテーマに現場で関与しております。日本企業の成長戦略を進めるための制度改革がいろいろ進んでいますが、企業としては取り組みたいが、どうやったらいいか分からないなど、いろいろなところでディスコミュニケーションが起きている部分もあるかと思っています。それらを取り除いて、なんとか日本経済、日本企業が全体的に効率性を持って成長していく、生産性を高めていく。そのために何かできないかなと思っています。よろしくお願いします。では島津さん、お願いします」
島津 「経済産業省産業人材課の島津と申します。産業人材課は産業競争力、企業競争力を向上させるという観点からの人材施策を講じています。具体的には、最近『リスキル』、『学び直し』といわれているようなものでしたり、あるいは『多様な働き方の推進』、それからなんといっても今回のテーマである、人材を資本と見なして企業価値の向上につなげる『人的資本の推進』。こういったものに取り組んでいる課でございます。私自身は2021年7月に着任しまして、『人材版伊藤レポート』の最初のものは着任前にリリースされておりまして、その後続編を作るということで、2.0の研究会の事務局を担当させていただいた次第です。本日はよろしくお願いします」
武井 「よろしくお願いします。では長宗さん、お願いします」
長宗 「経済産業省で企業会計室長を拝命しました長宗と申します。また、私は内閣官房の新しい資本主義実現本部事務局の企画官を併任しており、8月30日に公表いたしました『人的資本可視化指針』について担当をしています。なお、経産省のほうでは、サステナビリティ経営を推進するということで、8月31日に
『伊藤レポート3.0』と『価値協創ガイダンス2.0』を公表しました。本日はよろしくお願いいたします」
武井 「なるほど、『人材版伊藤レポート2.0』、『人的資本可視化指針』、『伊藤レポート3.0』、『価値協創ガイダンス2.0』の4点セットですね。それでは井口さん、お願いします」
井口 「井口です。本日はよろしくお願いします。最近は、人的資本の開示に注目が集まり、投資家からみても非常にありがたい状況になったと思っています。実際、人的資本のテーマで講演会をやらせていただくこともあるのですが、多くの企業の方に集まっていただける状況になっています。一方、企業の方の反応を聞いていると、『人的資本、ちょっと待って、気候変動じゃなかったの』ということで戸惑っている企業の方も多いと思っております。人的資本の活用を企業価値向上、そして、良い開示につなげるには、企業の方に、その意義を理解していただくことが一段と重要になってくると思っています」
武井 「よろしくお願いします。では髙倉さんお願いします」
髙倉 「よろしくお願いいたします。仕事を始めたのは男女雇用均等法以前で、実は組織に働いて40年という記念すべき年でして、ここまでしぶとくやってきてよかったと今思っているところです。大学卒業後、農林水産省に入りまして、当時日米通商交渉只中の日本がすごく成長していた時代で、睡眠3時間くらいで国会答弁100問とか、そういうこともやってきました。留学してコンサルティング会社に行って、そこで出会ったのが『日本の経営』を書かれたジェームスC・アベグレンさんで、アベグレンさんはコンサル時代上司でした。コンサル時代の最後のほうは人事のコンサルをやってくれという話になって、そこから人事のフィールドに入り、外資企業のファイザー、ノバルティスという外資企業の日本法人の人事リーダーを務めました。素晴らしい事業戦略を描いてもそれを実行する人材が大事と痛感したところです。キャリアの最後は日本の企業に貢献したいと思いまして、味の素に6年。グローバル人事部長(理事)をやらせていただいて卒業年となり、その後ロート製薬に呼ばれて、CHROをやっています。どうぞよろしくお願いいたします」
武井 「よろしくお願いします。では最後に安井弁護士から一言自己紹介をお願いします」
安井 「西村あさひの安井でございます。企業のコーポレートガバナンスやサステナビリティに関連する対応などに関与させていただいております。2016年から2018年にかけて金融庁の企業開示課でCGコードの改訂等を担当していた経験があり、また、2019年から2020年にかけてはフィディリティ投信の運用本部へ出向し、投資家側で、企業とのエンゲージメントや議決権行使、ESG投資に関する実務に携わっていた経験もございます。本日はよろしくお願い申し上げます」
二 2022年度の非財務情報開示等に関する主な制度的動向等
1 ESG投資・ESGアクティビズム
武井 「では、さっそく中身に入りたいと思います。まず、今どういうことが起きているのか。総括的な話を安井弁護士のほうからご説明させていただきます」
安井 「本日の議論の導入として、人的資本経営や関連する情報開示を巡る近年の動向についてご説明いたします。2017年に公表された『伊藤レポート2.0』などで指摘された通り、人的資本を含む無形資産が競争力の源泉としてより重要な経営資源になってきています。特に日本企業にとって、人的資本を含む無形資産への投資は喫緊の課題です。そうした状況の背景として、1つにはESG投資のグローバルな拡大があります。2020年時点の欧州、米国、カナダ、豪・ニュージーランド、日本の主要5市場における統計では、ESG投資総額は約35.3兆ドル(2018年比約15%増)と、今や投資市場の約3分の1をESG投資が占めるともいわれています。日本におけるESG投資は欧米に比べるとまだ一部にとどまっていますが、2020年2月の公的年金基金に適用される積立金基本指針の改正や同年3月の
スチュワードシップ・コードの再改訂においてもサステナビリティの考慮の重要性が強調され、日本においてもESG投資の潮流が加速してきており、こうした動きが企業サイドにも影響してきています。
もう1つ、