[書評]

2011年4月号 198号

(2011/03/15)

今月の一冊『金融危機が変えたコーポレート・ガバナンス-変革が進むアメリカ。どうする日本。』

佐藤 剛 著 商事法務/2300円(本体)

海外営業で世界を飛び回り、日立化成の副社長などを務めた著者は米国へ旅立つ。日米の経営の違いに興味を抱き、日本的経営に米国の良さを取り入れたハイブリッド経営が最適解ではないかとの仮説をもっていた。この検証と研究のため南カリフォルニア大学院に留学した。65歳のときのことである。

待ち構えていたかのようにリーマン・ショックが起こる。サーベンス・オクスリー法で強化され、世界のベストモデルといわれた米国のコーポレート・ガバナンスの機能不全を目にする。強欲なトップマネジメントをコントロールできなかったことが金融危機の一因と分かり、ガバナンス見直し議論が嵐のように巻き起こる。著者にとっては千載一遇のチャンスである。MBAを取得すると、今度はロースクールで学びながら全米取締役協会会員になり、同協会のガバナンス再構築の活動にも立ち会う。政府、議会、金融市場も立ち上がり、米国ならではのスピードでコーポレート・ガバナンス変革の取り組みが進む――。本書は金融危機という歴史的な事件に遭遇した日本人による簡潔な現代史のレポートにもなっている。

研究テーマの成果として、ハイブリッド・コーポレート・ガバナンスの概念が示されている。コーポレート・ガバナンスとは「会社の経営活動を効果的に行う為に経営の構造を作り、運営し、管理するシステム」と定義する。国により、企業により異なる。従って世界に通用する絶対にベストのモデルをつくることはできない。どうしてか。それぞれ国には長い歴史の中で形成されてきた経済システム、法システムなどからなるその国のプラットフォームがある。歴史、文化、人種、価値観、人間関係もそれに含まれる。日米のガバナンスの違いは、このプラットフォームの違いに起因する。そこで著者は、ガバナンスの多様性と独自性を互いに認め合いながら、それに影響を与える価値観、ビジョン、CEOのリーダーシップなどを基本条件として抽出し、その中から優れていて共有できるものを融合させるハイブリッド化を提案している。こうすれば日本の会社の共同体としての価値観を大切にしながら米国の創造的破壊やイノベーションを生み出すパワーを日本に取り入れることもできるというのだ。

さらに日米のコーポレート・ガバナンスの構造のハイブリッド化も提案する。米国はよくいわれるように株主、取締役、マネジメントの三角形の構造である。これに対し、日本は多面体の構造だ。株主、取締役、マネジメントだけでなく従業員、顧客、金融機関、地域社会などステークホルダーがガバナンスの責任を分担している。この結果、ガバナンスの責任者が見えなくなっている。それで、両者の構造を複合させ、多面体の中心に取締役と監査役を置き、ガバナンスの責任者と位置づけることや社外取締役の積極的活用を提案している。

自らの取締役時代を、「執行に多くの比重をかけ、ガバナンスは監査役にお任せというのが実態であった」と振り返る。今も日本の多くの会社の取締役は似たり寄ったりだろう。著者は日立化成の監査委員長になり、初めてガバナンスの経営における重要性に気がつく。「取締役になった時点でコーポレート・ガバナンスを勉強していたらもっと広い視点で取締役の職務に取り組めたと思う」と反省もしている。と同時に最近の日本のガバナンスの取り組みの遅れも心配する。日本企業がこれから経営の創造に踏み出していくためには、しっかりとしたコーポレート・ガバナンスの育成が必要だと訴える。

著者は帰国後も、まだ研究は「道の途中」とばかり今度は早稲田大学院法学研究科で学ぶ。EU会社法をハイブリッドモデルに盛り込もうと意欲に燃える。著者の経験と研鑽は今の日本では、かけがえがないものだ。今後、社外取締役などでの活躍も期待したい。   

(川端久雄)

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