[書評]

2012年2月特大号 208号

(2012/01/17)

今月の一冊 『日本のものづくり 競争力基盤の変遷』

港 徹雄 著 日本経済新聞出版社/3500円(本体)

『日本のものづくり 競争力基盤の変遷』スマートフォンやタブレットで米国に遅れ、電子製品の製造では台湾に負ける。ものづくり大国を誇った日本の黄昏とも言われる。本書はこの100年間にわたる世界のものづくりのシステムの変化、最近のグローバル化やインターネットの普及がものづくりの基盤に与えている影響を明らかにし、日本の国際競争力低下の原因と対策を提示している。バブル崩壊後の日本の長期にわたる経済停滞について金融、財政政策面からの分析が多いが、ものづくりの観点から光を当てている点がユニークだ。
各国にはそれぞれ産業レベルの競争力を支える競争力基盤がある。資本や労働といった生産要素供給システムと、企業間分業システムの二つから成り立っていて、時代や環境の変化で変遷していく。著者は分業システムを中心に歴史を振り返る。
20世紀前半、世界のものづくりを制覇したのは米国である。1908年に創案されたフォード型大量生産システムが全米の製造業に広がった。移動式ラインを用いた分業である。これが米国産業の生産力を飛躍的に拡大し、米国に富と繁栄をもたらした。
しかし、60年代になると、競争環境が変化する。需要が多様化し、技術進歩が加速したためだ。大量生産のためでなく、柔軟性の高い生産システムが求められるようになり、70年代にかけ日本が競争優位を確立する。カイゼンなど生産工程のプロセス・イノベーションを進め、日本はものづくりの黄金期を迎える。それを支えたのが日本型企業間分業システムである。親企業と下請企業が連携し、濃密な情報交換を行う。コストの低下と品質の向上を両立させた。下請けは親会社のための専用機械(取引特定資産)に積極的に投資し、長期雇用を前提に従業員は熟練技能を磨いた。
ところが、90年代後半、またも競争環境が一変する。今度は、コンピューターを利用した三次元設計や三次元での自動加工が可能となったためだ。大量のデータはインターネットで瞬時に地球上のどこにでも送信できるようになる。熟練技能がデジタル技術に置き替わり、暗黙知が形式知になる。こうして新興国でも高度なものづくりが可能となる。その象徴が、EMS(電子機器の受託製造サービス)であり、自動車用の大型金型だ。世界一を誇った日本の金型産業が新興国側に買収されるまでになった。本書はこの変化を3D・ICT(三次元・情報通信技術)革新と呼ぶ。
著者によると、世界規模での不況はこうした国際的な競争環境の移行過程で生じるという。1930年代初頭の世界恐慌もそうだったし、現下の世界不況も3D・ICT革新に先進諸国の産業システムの適合が遅れたことによると考えられるというのだ。とくに、インターネットで人々の利便性は向上したが、サービス提供は無償で行われることが多く、せっかくの新事業創出が経済価値創出と結びついていない。これまでの経済が経験をしたことがない状況を生じさせていて、これが構造不況の根源だとしている。
では、日本が21世紀も、ものづくりで生き残る道は何か。政策当局は、ボリューム・ゾーン(新興国の中間所得層)市場への参入を奨励している。しかし、新興国では、国内企業同士がすでに激しい価格競争を展開しており、日本企業が今さら参入しても勝ち目はない。それどころか、日本が築き上げてきた高級ブランドのイメージを損うだけだとする。著者はそれよりも、医薬品や医療用機器といった必需的高付加価値商品で製品の差別化を図るべきだとする。そのためには、革新的な製品を生み出すプロダクト・イノベーション能力を高めることが重要になる。研究開発の効率を上げ、企業間分業システムも知的連携が行われるようにしていくことが必要だと言い、終身雇用を前提とする研究従業員の雇用システムの改革などを訴えている。
著者は大阪府立商工経済研究所時代に日本の下請分業システムに関心を持ち大学に転じた。本書には30年にわたる研究生活で発表した論文を再構成し、加筆したものも含まれている。
著者にとっては業績の集大成であり、読者にとってはものづくりの組織と市場の経済学、産業論の格好の教科書といえる。
(川端久雄)

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