[書評]

2012年5月号 211号

(2012/04/15)

今月の一冊『「企業法」改革の論理 ―インセンティブ・システムの制度設計』

宍戸 善一 編著 日本経済新聞出版社/6000円(本体)

『「企業法」改革の論理 - インセンティブ・システムの制度設計』宍戸善一 編著 日本経済新聞出版社/6000円(本体)編著者は前著『動機付けの仕組としての企業』でインセンティブ・システムの観点から効率的な企業活動の仕組を考察し、法制度がどのような影響を及ぼすかを論じた。本書では、これをさら進め、会社法にとどまらず、「企業法」の観点から法分野横断的な立法政策論を展開した多数の論文が編集・掲載されている。
企業活動が活発化するためには企業に物的資本、人的資本を拠出する4当事者(株主、債権者、経営者、従業員)が思う存分資源を出せるよう、経営者が中心になって互いにインセンティブ(動機)を与え合うための交渉(動機付け交渉)をしなければならない。法制度はこの4当事者のインセンティブに影響を及ぼす。
関連する法制度は会社法制や金融商品取引法に止まらない。従業員の雇用のあり方を決める労働法制、企業の再建過程で登場する倒産法制、企業が稼得した利益の一部を徴収する税法など多岐にわたる。これら企業における動機付け交渉に影響を与える法制度を「企業法」と捉え、法制度間に存在するルールの補完性・相互関連性、波及効果などに着目し、企業法の全体像を示している。
例えば労働法制で解雇権濫用法理があり、会社法制で取締役の忠実義務がある。日本の経営者は、従業員に対しては雇用を維持しなければならず、会社法の原則からは株主に対しては株主利益最大化を志向しなければならない。解雇法理だけをみれば、自由に首を切れる米国と比べ、日本の経営者の裁量権は制約されているようにみえる。しかし、忠実義務の観点からみると、株主からリストラ策が求められたとき、拒否できない米国と比べ、日本の経営者は解雇法理により裁量権限が逆に拡大しているといったパラドキシカルな現象になっている。法制度の相互関連を理解しないと、全体像は見えてこない。立法にあたっても、単一の閉じられた法制度の領域では相応の合理性があるように見えても、他のルールとの関連も考慮しないと、思わぬ波及効果を招いたり、現状より非効率になったりすることもあるというのだ。
金商法の内部統制報告の法制度もそうだ。立法目的は正確な財務報告開示等を担保することである。規制の対象は経営者で、主な受益者は株主である。本来、法制度はこうした2当事者間に影響を与えることを目的になされるものだが、この法制度は様々な当事者間に影響を与えているという。経営者がリスクを取ることを回避する傾向が強くなり、元来リスク回避的な経営を望む債権者がタナボタ的利益を受けることになった。経営者は従業員に法の命令だとして正確・迅速な報告を求めるようになり、結果として型にはまった報告が多くなり、組織の官僚化が進んだと指摘する。
さらに法制度をインセンティブの観点から眺めると、これまで見えなかったものが見えてくる。例えば、株式買取請求権制度は、組織再編に反対する株主が、会社に対し自己の有する株式を公正な価格で買い取ることを請求することにより投下資本を回収する権利とされる。しかし、こうした事後的な制度があることで、経営者・支配株主に金銭的・手続き的負担を伴う株式買取請求権が行使されないよう、事前に組織再編の条件を公正にしようというインセンティブを与えている。組織再編を行う際の動機付け交渉の観点から新たな機能を再考する必要があるというのだ。
日本の株式保有構造の顕著な特徴とされる持ち合いについて、総会屋への利益供与を禁止した規定との関連で論じたユニークな論文もある。両者は一見無関係にみえるが、純投資以外の目的の株式保有(手段としての株式保有)という点で共通している。持ち合いも私的利益の追求をするものともいえるが、全面的に禁止するのは非現実的だ。そこで、事業提携の手段として一定規模の持ち合いをする場合には、純投資目的の株主のみで構成される株主総会の承認を要求するなどの案が示されている。
本書は経済産業研究所のプロジェクトで法学者、経済学者、弁護士ら実務家が3年半にわたり行ってきた研究の集大成である。一人の学者の力ではできない。組織的、体系的な学問研究の大切さを世に示したと言える。    (川端久雄)

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