[書評]

2010年7月号 189号

(2010/06/15)

BOOK 『暖簾の会計』

山内 暁著 中央経済社 5000円(本体)

企業結合の会計基準がパーチェス法に一本化し、さらに暖簾の処理の見直しも今年中には行われる。企業結合後の利益を測る仕組みが変わるわけでM&Aに与える影響も大きい。重要度を増す暖簾を学ぶうえで格好の本が出た。

著者はまず、暖簾の学説の歴史をたどる。グッドウイルという暖簾の概念が英国で生まれたのは19世紀後半で、顧客の信用、地盤、商号など無形財に焦点が当てられた(無形財的暖簾観)。20世紀になり、主に米国で企業の収益力情報への関心が高まり、暖簾価値の評価手法と相俟って超過利潤を用いた暖簾観(超過利潤的暖簾観)が誕生、普及する。20世紀後半には会計基準設定主体の地位が確定し、そこでは暖簾の本質の議論より会計処理といった技術的側面が重視され、暖簾は取得原価と純資産との差額と見る暖簾観(残余的暖簾観)が台頭する。21世紀になると、暖簾は企業にある有形財、無形財などが相互有機的に結びついて生み出されるシナジーであるとするシナジー的暖簾観が主流になる。これは暖簾を「雑物いれ」と消極的にみるのでなく、独立した価値があるものと積極的にみる。
暖簾概念は進化しているのだ。日本と国際会計基準(IFRS)の会計基準を比べてみた。日本は
残余的暖簾観、IFRSはシナジー的暖簾観に立っていることが分かる。
いずれの暖簾観に立つにしても、信頼性と目的適合性を兼ね備えた会計情報を提供するうえ
で暖簾をどういう資産として位置づけ、会計処理をするかが重要になる。しかも暖簾の種類も増
えてくる。企業結合により生じる買入暖簾のほか、負の暖簾、段階取得時における再評価差額
分の暖簾、全部暖簾をめぐり激しい議論が行われている。古くて新しい内生暖簾(自己創設暖簾)
の問題もある。
著者は、シナジー暖簾観で一貫して分析し、独自の暖簾会計制度論を構築、展開している。暖
簾は有形資産にも、無形資産にもあてはまらない分類不能な資産であるといい、企業結合で投
資家に有用な情報を提供するためには、そのような資産としてのシナジーの経済的実態を忠実
に貸借対照表に反映する必要があるとする。その観点からシナジーとしての暖簾の純化を図る。
例えば、従来は暖簾に含まれている取得企業側の支配プレミアムは、シナジー(暖簾)としてでは
なく、営業権(無形資産)として開業費などと類似なものとして扱うことを提案している。
最近、国際会計基準設定主体から示される暖簾の会計処理は、取得原価主義会計から公正
価値会計への変容という形で現れている。これについて著者は、取得原価主義会計の有用性を
否定する点で問題だとする。伝統的な取得原価主義会計を基本とし、その限界を補うため公正
価値会計に近い考え方を導入する。例えば、一部、暖簾の測定で企業全体の公正価値を使うの
もそうだ。負の暖簾でも、「その他包括利得」の考えを用い、取得原価主義会計の要である原価・
実現主義の枠組みを堅持する。
著者は、暖簾会計を考察することは会計全体の枠組みを考察することにつながるといい、暖
簾会計を一生の研究テーマに選んだ。本書は5年かけて仕上げた学位論文に手を加えたものだ。
企業会計基準委員会で議論されている暖簾の減損処理をめぐる論点にとどまらず会計制度全般
の理解にも大変役立つ。新進気鋭の会計学者の誕生を祝福したい。(青)

 

バックナンバー

おすすめ記事

アクセスランキング