[書評]

2009年6月号 176号

(2009/05/15)

BOOK『改正史から読み解く会社法の論点』

 

稲葉威雄、尾崎安央編
中央経済社4800円(本体)
 
会社法が制定されて4年。この間、舌鋒鋭く会社法の問題点を批判してきたのが、稲葉威雄氏である。会社法の全面改正の作業は1974年に遡る。「会社法改正に関する問題点」で全体像を示され、何度かの部分改正をへて、ほぼ30年ぶりにやっと集大成として会社法の制定をみた。しかし、初期の10年余り、法務省民事局参事官室などで立案担当者として従事し構想を描いた同氏の目からみると、とても誇れるものではないというのだ。
 
まず、分かりにくさである。会社法制は経済社会の基盤であり、企業に関係する株主、債権者ら私人間の利害を調整する一般私法である。国民が守るべき一般原理・原則、立法趣旨を明晰にするなど規律の明確化が求められるのに破綻している。実践上のスキルも十分でない立案担当者が独走した、プロにも理解し難い税法を範にしたのではないかと批判する。
 
内容面も問題が多い。株式会社の原型の捉え方が間違っている。株式の譲渡自由が基本なのに機関設計では全株譲渡制限会社を基本としている。規制緩和を自己目的化し、効率性を追う余り健全性・公正性とのバランスが取れていない。歴史的に形成されてきた日本の経済社会の観点より一過的な時代風潮に流されている。会社を契約の束とみる「法と経済学」や米国モデルの影響を受け、実務の都合を至上命題にしたのではないかというのだ。
 
効率優先の一例として資本に対する会社法の扱いを挙げる。資本は会社存立の基礎である。一定額の出資がちゃんと行われ、資本を充実させていくからこそ、株主は有限責任の特権を享受し、会社への支配権をもつという論理が成立する。しかし、会社法は、最低資本金制度を廃止し、資本金1円会社、さらに省令はゼロ円会社さえ容認する。立案担当者は、資本充実の原則は意味がないとまでいう。資本法制の矮小化もここに極れり、である。「資本の信用」という基本理念について無理解のまま法律がつくられているというのだ。
 
本書には、稲葉氏が教鞭をとっていた早稲田大学大学院出身の中堅・若手研究者の論文も掲載されている。いずれも、昭和、平成の商法改正の歴史の歩みを振り返りながら、会社法の論点や問題点が読み解かれている。各制度の内容や変遷が丁寧に説明、整理されていて、会社法を理解するうえで、大変役立つ。普通の会社法の教科書にはない特徴である。
 
例えば、平成に入ってからの自己株式取得の規制緩和がどのようになされてきたかでは、バブル経済崩壊の中で、経済界の要望、商法学者の反対、議員立法による商法改正の登場、金庫株解禁などがあり、最終的に会社法にいたるまでの流れがよく分かる。従来、主として余剰資金返却の観点から論じられてきたこともあり、会社のガバナンス構造に与える影響についての対応が現行法制上十分にできていないことなどを明らかにしている。新株予約権制度では転換社債以来の推移をたどりながら会社法での新たな整理、理論的背景、問題点が示されている。合併法制の簡素・合理化から会社法での対価柔軟化までの組織再編法制を巡る規制緩和の流れ、敵対的買収防衛策の変遷と法規制など盛りだくさんの内容だ。
 
会社法制の欠陥と問題点が鮮明にされている。官と距離をおく私学の雄だからこそ、このような問題提起ができるのだろう。「内閣法制局と国会とは、この現実を直視して、国民に分かりやすい立法表現を確立するため、真剣な検討をすべきである」との稲葉氏の声を真摯に受け止めたい。まさに警世の書である。(青)

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