[M&A戦略と法務]

2019年11月号 301号

(2019/10/15)

Jardenケース―公表前市場株価を公正な価値と認めた事例

尾藤 正憲(TMI総合法律事務所 弁護士・ニューヨーク州弁護士)
  • A,B,EXコース
1.問題の所在

 米国デラウエア州の一般会社法上の株式買取請求手続(以下「Appraisal」という)における株式の公正な価値に関し、2017年以降3つの最高裁判例(DFC/Dell/Arubaの各ケース(注1)により、欠陥のない頑健なプロセスにより形成された当該M&Aにおける現実の当該取引価格(以下「ディール・プライス」という)を公正な価値の指標として重視する立場が示された。筆者の知る限り、これ以降2019年8月21日現在までの衡平法裁判所の決定は、ディール・プライスに依拠する決定(シナジーを控除するものとしないものがある。ディール・プライスと同額を公正な価値と判断した直近の裁判例として、In re Appraisal of Columbia Pipeline Group, Inc., C.A. No. 12736-VCL (Del. Ch. Aug. 12, 2019); In re Appraisal of Stillwater Mining Company, C.A. No. 2017-0385-JTL, 2019 WL 3943851 (Del. Ch. Aug. 21, 2019) )のほか、ディール・プライスに依拠しない場合でもディール・プライスを下回る結論を採用する傾向にある(注2)。

 こうした傾向の中、ディール・プライスを下回る公表前市場株価(unaffected market price. 会社が当該M&Aの情報を公表した場合に限らず、その前にマーケットに当該M&Aの情報が洩れて公表された場合における、その直前の市場株価を指す)を公正な価格の指標とすることの是非がホット・トピックになっている。Verition Partners Master Fund Ltd. v. Aruba Networks, Inc., C.A. No. 11448–VCL, 2018 WL 922139 (Del. Ch. Feb. 15, 2018) は、衡平法裁判所において公表前市場株価が公正な価格と認められた初めての決定であったことから注目されたが、当該決定は、最高裁により破棄された(Arubaケース。注3)。

 ところが、その後も衡平法裁判所において、ディール・プライスを下回る公表前市場株価に依拠した決定がなされた(In re Appraisal of Jarden Corporation, C.A. No.12456-VCS, 2019 WL 3244085 (Del. Ch. Jul. 19, 2019). 以下「Jardenケース」という)。

 この点、日本のAppraisal(株式買取価格決定申立事件及び特別支配株主による株式等売渡請求に係る売渡株主の株式売買価格決定申立事件等を含む)では、ディール・プライス(公開買付価格等)を下回る決定を公正な価格とする裁判例は近時見当たらない(注4)。Jardenケースは、上場株式の公正価格の評価に当たり伝統的に市場株価を参照してきた日本でも関心が高いと思われることから、本稿では、(1)Jardenケースの概要を紹介するとともに、(2)Arubaケースとの相違点を説明し、(3)M&Aのプロセスに欠陥がある場合に、ディール・プライスを下回る価格を公正な価格と決定することの問題点について若干の私見を述べることにする。

 なお、本稿に記した見解は、筆者の個人的見解であり、筆者の所属する法律事務所の見解ではない。


2.Jardenケースの概要

(1) 事案の概要

 Jarden Corporationは、本合併(以下に定義する)前にニューヨーク証券取引所に上場していた多様な消費者向け商品の取扱会社である。JardenのCEO兼Chairmanは、2015年、取締役会の承認なくNewell Rubbermaid, Inc.(以下「Newell」という)とJardenの合併(以下「本合併」という)の交渉を開始し、最初のNewellとの会議後に取締役会にその概要を伝えたものの、Newellとの買収条件の交渉の重要な点(買収価格の最初の提案、対抗提案及び自ら受領するChange of Control報酬を含む)に関し取締役会から事前に授権・承認を受けなかった。Jardenの取締役会は、Newell以外の潜在的買収者(戦略的買収者やフィナンシャル・スポンサー)に買収の打診を行ったり、オークション(入札手続)を実施したりすることはなく、本合併最終承認を受ける前に、マーケット・チェックを行わなかった。Jardenは、Newellが、類のない収益及びコスト・シナジー(cost synergies)並びに長期の企業価値増大の機会を提案したものと判断しており、Newell以外の買収者との取引を選択肢としなかったからである。2015年12月7日に、取引交渉の事実がマーケットに漏れJardenとNewellの市場株価に影響を与えたため、両社は再交渉し、交換比率(取引交渉の事実がマーケットに漏れる前は、契約締結時直近10日間の出来高加重平均株価に紐づけられていた。注5)を固定比率とすることに合意した。Jardenの株主に支払われた最終的な本合併の対価は、現金とNewellの株式合計1株当たり$59.21である。

 2016年4月15日、JardenとNewellの各株主総会により本合併は承認された。Jardenの反対株主らが2016年6月以降Appraisalを提起し併合審理された。申立人の専門家証人は類似会社比較法(comparable companies analysis)に基づき$71.35を、被申立人の専門家証人はDCF法(discounted cash flow analysis)に基づき$48.01を、それぞれ公正な価値である旨意見を述べた。衡平法裁判所は、2018年6月から4日間の正式事実審理(trial)を行い、28名の証人(証言録取書(deposition)及び3名の専門家証人を含む)及びそれ以外の2,000個の証拠物・証拠書類を取り調べた。

(2) 衡平法裁判所の判断の概要

 衡平法裁判所(Slights判事)の決定の概要は以下のとおりであり

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