1. はじめに
中国(注1)は、1978年12月の改革開放以来、豊富で安価な労働力を武器として、外国資本を積極的に導入しながら、中国内の製造業を育成・発展させ、「世界の工場」の地位を築いてきた。その過程で、多くの日本企業も中国に進出し、現地に製造子会社を設立した。
しかし、近年、中国では経済発展とともに人件費が上昇し、安価な労働力という点では中国において製造子会社を設立・維持するメリットはなくなっている。また、個々の日本企業の事業環境や事業戦略の変化により、既存の中国子会社の重要性が低下する例もある。それらを原因として、既存の中国子会社における事業からの撤退を決断する日本企業も少なくない。特に、直近における、米中の摩擦やデカップリングを背景とする、中国に過度に依存しているサプライチェーンの再構築を図る動きや、円安等の情勢を踏まえると、中国子会社における事業から撤退しようとする日本企業は今後増えることも予想される。
中国子会社における事業から撤退する方法としては、主として、中国子会社を解散・清算する方法と、中国子会社の持分を第三者に譲渡する方法(注2)が挙げられる。
このうち、解散・清算は、持分譲渡と比較すると多くの時間やコストがかかる傾向にある。
具体的には、解散・清算の手続は、小規模で財務・事業等の状況も単純な会社でない限り、手続完了までは1年程度又はそれ以上を見込む必要があり、場合によっては数年を要する場合もある。また、解散・清算の場合、必然的に従業員の雇用の終了を伴うため、従業員からの強い反発を受けるケースも少なくなく、また、多額の経済補償金の支払が必要となる(注3)。そのため、買手の候補が見つかる場合には、撤退の方法として、解散・清算ではなく、持分譲渡が選択されることが多い。さらに、清算手続は、税務当局が解散・清算する会社に対して課税できる最後の機会であることから、厳しい税務調査がなされる傾向にある。その点も、解散・清算手続に多くの時間とコストがかかる理由の1つである。
なお、近年は、前述の人件費の上昇により、安価な労働力という点では外国資本にとって中国において製造子会社を買収するメリットがなくなっていること、資金力があり、かつ外資系企業の先進的な技術及び設備、熟練した従業員等をM&Aを通じて獲得したいと考える中国企業が増えていることなどから、中国企業が持分譲渡の買主の候補となるケースが増えていると思われる。また、直近の米中の摩擦やデカップリングを背景として、外資が保有する中国の製造子会社の持分を買い取ろうとする中国企業が今後増加する可能性もある。
以上を踏まえ、本稿では、日本企業が中国子会社(特に製造子会社)の持分を譲渡する方法(特に中国企業への譲渡)により撤退を行う場合について、概要及び主な留意点を説明することとしたい。
2. 持分譲渡の主な流れとクロージングの建付け(譲渡代金の支払時期)に関する留意点
(1) 主な流れ
中国子会社の持分を譲渡する場合の主な流れは以下のとおりである。
ア | ファイナンシャルアドバイザー等を通じて買主候補を探索・選別する。売主側の交渉力の確保等を目的として、買主候補を入札方式で選別するケースもある。 |
イ | 買主候補と秘密保持契約や基本合意書等を締結したうえで、買主候補に売却対象となる中国子会社(以下「対象会社」という)の概要等の情報を提供し、更に、買主候補にデュー・ディリジェンスを実施させる。買主候補を入札方式で選別する場合には、複数の買主候補にデュー・ディリジェンスを実施させた後、持分譲渡代金の金額その他契約条件等を記載したバインディング・オファーを提出させたうえで、買主候補を選別する。 |
ウ | 買主候補との間で契約条件の交渉を行う。条件に合意した場合、持分譲渡契約を締結する。 |
エ | 売主及び買主の双方がクロージングの前提条件の成就のために必要な対応を行う。企業結合の届出が必要となる意味には、クロージングまでにクリアランスを取得する。 |
オ | クロージングの前提条件が成就した場合(又は放棄された場合)、クロージングを実施する。 |
(2) クロージングの建付け(持分譲渡代金の支払時期)
■筆者プロフィール■
今村 俊太郎(いまむら・しゅんたろう)
TMI総合法律事務所パートナー弁護士。M&A、日中間のクロスボーダー案件等に従事。M&Aでは、事業会社、PEファンド等を代理して、各種案件に従事。日中間のクロスボーダー案件では、アウトバウンド及びインバウンドのM&A案件、投資案件、契約交渉、紛争解決、現地法人の管理・運営に関する法務等の各種案件に従事。2008年第一東京弁護士会登録。2013~2015年TMI総合法律事務所上海オフィス常駐代表。
田 暁争(でん・ぎょうそう)
TMI総合法律事務所外国法事務弁護士(中国法)。日本企業向けの中国企業法務全般(主に投資案件、M&A、現地法人の管理・運営に関する法務、契約関連、紛争解決及びコンプライアンス)の各種案件に従事。1999年中国律師(弁護士)資格取得、2006年から現在まで日本の法律事務所で中国法の関連業務を対応、2015年第二東京弁護士会外国法事務弁護士登録。