[【小説】新興市場M&Aの現実と成功戦略]

2015年10月号 252号

(2015/09/15)

第6回 『熟練工』

 神山 友佑(デロイト トーマツ コンサルティング パートナー)
  • A,B,EXコース

【登場人物】(前回までのあらすじ)

  三芝電器産業の朝倉俊造はインドへの赴任を命じられた。半年ほど前に買収したインドの照明・配線器具メーカー(Reddy Electricals)への出向である。
  赴任初日、製造用金型の管理の杜撰さなど、朝倉は赴任前とのイメージの大きな違いに戸惑いを覚えていた。
  そんな中、CEOである狩井卓郎の自宅でささやかな歓迎会を受けた朝倉は、その場で生産管理担当の伊達から出された「生産力の飛躍的増強」の提案に巻き込まれていった。



ボード・ミーティング

  狩井社長宅で開かれた朝倉の即席歓迎会の翌日、生産力増強に向けた伊達の提案はレッディ社の役員会にかけられた。伊達と井上はほぼ徹夜で検討資料を最終化し、朝倉も主に投資対効果のシミュレーションを明け方まで手伝った。
  役員会では創業家側の取締役が当初反対に回ったものの、投資額に比して効果が大きく見込まれること、そして膨大な未納品問題に対して短期的には他に手の打ち様が無かったため、最終的に全員が合意に至った。
  一方でその2日後に開かれたボード・ミーティングでは、創業家側の取締役が再度強く抵抗した。取り組みの内容自体に反対したというよりも、本取り組みにより、新工場建設を遅らせるということに反対したのだ。新工場建設を遅らせることが出来れば、レッディ社はP/L的にもC/F的にも大きなメリットがある。その財務的効果については経理担当である朝倉が精緻に分析していた。しかし創業家の取締役はそれらの効果云々ではなく、「既に用地取得も完了しており、計画通りに新工場は建設しなければならない」の一点張りで、議論が膠着してしまったのだ。ボード・ミーティングの議長である狩井も、何度と無く新工場建設を急ぐ理由を問いただすが、回答はロジカルではなく要領を得ない。何にそれほど拘っているのか、日本人のボードメンバーには理解できなかった。
  最終的に狩井は、「生産力増強の取り組みについては、実行承認を取締役会の正式決議とする。ただし新工場の建設時期についても合わせて検討を続ける」という形で議論をまとめた。すっきりしない決着ではあったが、創業家の意図が明確にわからないことは珍しいことではない。多大なリスクが無ければ、上手く折り合いを付けて少しでも前に進めていかなければならないのだ。そうしなければ、進むものも進められない。

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