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[【法務】民法改正が事業承継M&Aに与える影響(ソシアス総合法律事務所 高橋聖・小櫃吉高弁護士)]

(2019/11/06)

【第4回(最終回)】民法改正が法務デューディリジェンスに与える影響

高橋 聖(ソシアス総合法律事務所 パートナー弁護士)
小櫃 吉高(ソシアス総合法律事務所 弁護士)
はじめに

 前々回(第2回)及び前回(第3回)では、改正民法が事業承継M&A契約実務に与える影響や留意点について考察してきましたが、本連載の最終回となる本稿では、少し視点を変えて、改正民法が事業承継M&Aの際に行われる法務デューディリジェンスに与える影響について検討していきたいと思います。

事業承継M&Aにおける法務デューディリジェンス

 一般に、M&Aにおいては、買手が、対象会社を買収するに先立って、対象会社に関するビジネス、会計、税務、法務等様々な面でのリスクを洗い出すため、一定の期間にわたって監査(デューディリジェンス)を実施する実務が定着しています。会社を買収するためには多額の対価を支払うのが通常のため、買手としては、デューディリジェンスを通じて、可能な限り対象会社の事業内容、管理体制等を事前に把握し、将来顕在化する可能性のあるリスクを加味した上で、的確な企業価値を算定するとともに、これらのリスクに対応して、M&A契約上で表明保証させ、補償義務や是正義務などを負わせることにより、リスクヘッジを行う必要があるためです。

 事業承継M&Aの対象となるオーナー企業においては、株主や経営陣がオーナー一族やその関係者のみで構成され、外部者が経営に関与していないため、契約書、議事録、社内規則、マニュアル等の書面化が十分になされていないことが少なくありません。そして、これらの書面が存在しないことによって、人によって認識や理解が異なる、あるいは、情報が属人的となっているという状況も頻繁にみられます。そのため、一般的には、法務デューディリジェンスは、関連書類が整備されていることを前提に、これら書類の精査を中心に実施されますが、事業承継M&Aにおいては、上記のようなオーナー企業の特性から、整備された書面を精査するのみでは把握できない事項が多く存在する可能性があるため、相対的に対象会社の経営陣や法務、総務、人事等の実務担当者に対するヒアリングの重要性が高くなります。

 また、事業承継M&Aの対象会社の中には、中小規模の会社も多く、これらの会社では、M&Aの対応に人的資源を割くことができず、買手からの書類の提出要請に対して十分に対応できない会社も少なくありません。このようなケースでは、買手としては、より短時間で正確かつ十分な情報を得るために、適切な情報を把握している経営陣や実務担当者に直接ヒアリングを行うことが重要になります。

 このように、事業承継M&Aにおいては、書類の整備が万全で、人的資源も豊富な大規模会社が対象である場合とは、少し異なったアプローチで法務デューディリジェンスを実施することが肝要になります(なお、個別分野の法務デューディリジェンスにおける留意点については、拙稿[事業承継M&Aの法務]「第5回 事業承継M&Aと法務デューディリジェンス」MARR Online<2018年3月1日>を参照ください)。

 以下では、このような事業承継M&Aにおける法務デューディリジェンスに対して今回の民法改正が与える影響について、これまで本連載で取り上げていない改正事項を中心に、検討していきます。

定型約款に関する改正と法務デューディリジェンス

(1)改正の概要

 民法では、原則として、契約の当事者は、その契約の内容を認識してこれを承諾する意思表示をしなければ、その契約に拘束されませんが、現行民法下では、実務上、当事者がその内容を必ずしも十分に認識していないような定型的な規約や約款も当事者を拘束するという前提で、多くの消費者取引が行われてきました。しかし、このような約款等を用いた取引については、どのような要件を満たせば当事者が拘束されるのかが明確ではなく、不透明な状況のまま運用がなされてきました。

 改正民法においては、かかる状況を踏まえ、約款等を用いた取引の安定性を確保することを目的として、現行民法にはなかった定型約款に関する規定が新設されることになりました。

(2)法務デューディリジェンスにおける対応について

 以下では、改正民法で新たに設けられる定型約款制度の主要な規定ごとに問題となる法的リスクを検討した上、それぞれのリスクを踏まえた、事業承継M&Aの当事者のデューディリジェンスにおける対応上の留意点を考察します。

①定型約款への該当性
 改正民法上、定型約款とは、以下の(ⅰ)~(ⅲ)の要件を全て充足する約款等を指します(改正民法第548条の2第1項)。


要件具体的な意味
(ⅰ)ある特定の者(定型約款準備者)が不特定多数の者を相手方として行う取引であること。取引の相手方の個性を重視せずに、多数の取引を行うこと。
(ⅱ)(ⅰ)の取引の内容の全部又は一部が画一的であることが両当事者にとって合理的である取引(定型取引)であること。顧客の数、契約締結に要する時間等を踏まえ、相手方がその変更を求めずに契約を締結する(契約交渉が行われない)ことが合理的であること。
(ⅲ)定型取引において契約の内容とすることを目的として定型約款準備者により準備された条項の総体であること。相手方が契約内容を十分に吟味し、内容を全て認識するのが通常ではないこと(あくまで契約内容を補充する目的で準備されたものであること)。

 上記の定型約款に該当するものとしては、例えば、宅配便契約における運送約款、インターネットを通じた物品売買における購入約款、インターネットサイトの利用取引における利用規約、市販のソフトウェアのライセンス規約等が挙げられます。

 M&Aにおける対象会社がその事業において使用する約款等が、改正民法上の「定型約款」に該当する場合、一般的な契約法理と比べて対象会社に有利な定型約款に関する規定の適用を受けることができますが、「定型約款」に該当しない場合には、当該約款等を使用した取引には、民法の契約に関する一般原則が適用されることになり、原則として、契約の当事者(顧客・利用者)は、約款等の内容を個別に認識して承諾の意思表示をしない限り当該約款等に拘束されないことになります。

 このように、改正民法下では、対象会社が使用する約款等が改正民法上の「定型約款」に該当しない場合には、対象会社の約款取引の効力が限定的に解されてしまうリスクがあります。

②定型約款による契約(みなし合意)の成立
 改正民法においては、(ⅰ)定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたとき、又は、(ⅱ)定型約款準備者があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたときは(なお、この場合の「表示」は、取引を実際に行おうとする際に、顧客である相手方に対して定型約款を契約の内容とする旨が個別に示されていると評価できる必要があり、例えば、単にホームページにおいてその旨を公表するだけでは足りず、契約締結画面に辿り着くまでの間に画面上で認識可能な状態に置くことが必要です)、相手方が定型約款の個別の条項についても合意をしたものとみなされます(改正民法第548条の2第1項)。

 但し、約款の内容のうち、例えば、相手方に対して過大な違約罰を定める条項、定型約款準備者の故意又は重過失による損害賠償責任を免責する旨の条項など、相手方の権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項であって、信義則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるものについては、合意をしなかったものとみなされます(改正民法第548条の2第2項)。

 このように、改正民法下においては、上記(ⅰ)又は(ⅱ)の要件が充足されていない場合や、約款の内容に相手方の利益を一方的に害すると認められるものが含まれる場合、定型約款の全部又は一部の効力が否定されてしまうリスクがあります。

③定型約款の変更
 民法の原則として、契約内容を変更するためには相手方の承諾を必要としますが、約款等を用いる不特定多数を相手方とする取引では、全ての相手方の承諾を得るのに多大な時間やコストを要するという問題があります。そこで、この点につき改正民法は、定型約款準備者が相手方の同意を得ることなく一方的に定型約款の内容を変更できる制度を設けています。

 具体的には、定型約款の変更が、(i)相手方に有利な変更であるとき、又は(ⅱ)契約の目的に反せず、かつ、変更に係る事情に照らして合理的なものであるときに、(ⅲ)その効力発生時期を定め、かつ、定型約款を変更する旨、変更後の定型約款の内容及び効力発生時期をインターネット等において周知した場合には、個別に相手方と合意をすることなく定型約款の内容を変更することができます(改正民法第548条の4第1項及び第2項)。但し、上記(ⅱ)の要件に基づく変更については、相手方を保護する観点から、変更の効力発生時期までに周知をしなければ、変更の効力を生じません(改正民法第548条の4第3項)。

 このように、改正民法下では、定型約款を一方的に変更するための必要手続が明確にされましたので、定型約款の変更について上記手続を怠っていた場合には、当該変更の効力が否定されてしまうリスクがあります。

④法務デューディリジェンス等における対応の留意点
 定型約款に係る上記の改正を踏まえ、買手は、対象会社が約款等を使用するビジネスを行っている場合、法務デューディリジェンスにおいて、約款等に係る資料(約款等の写し、約款等に係る契約をインターネット上で締結している場合には当該契約締結画面に至るまでの画面を表示した資料、約款等を変更したことがある場合には当該変更手続を説明した資料等)を精査し、適切な情報を把握している経営陣や実務担当者に直接ヒアリングを行うことで、改正民法下において新設される定型約款制度の適用の有無や遵守状況を確認し、約款等の効力が否定されるリスクを把握することが必要になります。

 一方、事業承継M&Aで事業の売却を検討している、約款等を使用したビジネスが主要な事業である対象会社のオーナーは、買手によるデューディリジェンスの結果、上述のようなリスクが発見された場合、譲渡代金の減額や補償義務を要求される可能性がありますので、改正民法下において新設される定型約款制度の内容を正確に把握した上で、対象会社の約款等が改正民法上の「定型約款」に該当するか否かを検証し、該当する場合には、上述した各手続やその他の定型約款制度上の義務を遵守して事業を運営することが肝要となります。

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