前回の振り返り これまで4回の連載を通じて、企業が社会課題の解決への貢献と自社のビジネスを両立させるための取り組みであるレスポンシブル・ビジネスの重要性から、その推進に役立ったM&A活用事例、そして、Preフェーズや
デューデリジェンス時において検証すべき事項についてご紹介してきた。しかし、優れた企業を買収しただけではレスポンシブル・ビジネスは実現しない。従来M&Aと同様かそれ以上に、買収成立後の
PMI(統合)作業の成否は、M&Aによるレスポンシブル・ビジネスの実現に影響を及ぼす。本連載の最終回となる今回は、一連のM&Aプロセスにおいて最も重要なプロセスとも言えるPMIでのシナジー創出に向けた重要ポイントをご紹介する。
従来M&Aとの違い 従来M&AのPMIでは、買収先企業を素早く自社のオペレーションモデルに組み込むことで早期にガバナンスを構築し、コストシナジー創出により利益の最大化を狙うことがセオリーだった。営業部門の再編やサプライチェーンの統合といった経営機能の見直しや、システム費用やバックオフィス費用などの共通間接費の最適化を通じて、事業全体のコストを削減する。時には、人員配置見直しなどの大胆な手段が講じられるケースも少なくない。
しかし、このようなアプローチはレスポンシブル・ビジネス実現を目的とするPMIには必ずしも適合しない。なぜなら、買収先企業が有するサステナビリティ関連のケイパビリティを活用してトップラインを伸ばしていくことが最優先のゴールであり、PMIではこのケイパビリティの根源となる人材の維持・拡大が最重要のテーマとなるためだ。レスポンシブル・ビジネス実現に寄与する買収先企業は、少数精鋭のマネジメントチームが中心となり、特定のサステナビリティ領域において強いブランド力や先進技術を作り出している場合が多い。また、そのマネジメントチームに対する信頼感や、その管理方法が優秀な人材を引きつけるメカニズムとなっているケースも多い。従って、そのメカニズムを壊さずに統合していくことが、買収を成功させるためのカギとなる。スタートアップ特有の自由な働き方やチャレンジングな社風に慣れている人材が、保守的な大企業文化に馴染めず能力を発揮できないケースも少なくない。また、サステナビリティ関連のスタートアップでは、自社の事業を通じて社会貢献するミッションに強く共感している人材も多く、買収された結果、当初目指していた社会貢献やミッションを実現できないと感じ、退職してしまうリスクも存在する。
レスポンシブル・ビジネス先進企業は、上述のポイントをおさえながら従来のPMIより慎重に統合を進めている。多くの場合、サステナビリティ投資先のブランドや企業としての独立性を保持したまま、さらなる成長を実現している。以降、消費財、通信、アパレル業界での過去の失敗を教訓とした先進企業の成功事例をご紹介する。
買収先企業の取締役会の独立性を担保する取り組み
■筆者プロフィール■
太田 貴大(おおた・たかひろ)
アクセンチュア ビジネス コンサルティング本部 ストラテジーグループ M&Aプラクティス プリンシパル・ディレクター
アクセンチュア新卒入社後、外資系消費財メーカーを経てアクセンチュアに再入社。国内外の様々な業界のクライアントに対しPreからPost M&Aまで幅広く支援。Japan M&A Conference 2019等の外部向け講演も実施。
林 嘉禾(はやし・よしかず)
アクセンチュア ビジネス コンサルティング本部 ストラテジーグループ M&Aプラクティス シニアマネジャー
東京大学大学院博士号取得後、外資系コンサルティングファームを経てアクセンチュアに入社。M&A・アライアンスを活用した新規事業立ち上げやデューデリジェンスなどM&A関連のプロジェクトを中心に従事。
田浦 英明(たうら・ひであき)
アクセンチュア ビジネス コンサルティング本部 ストラテジーグループ M&Aプラクティス マネージャー
約8年間、一貫してコンサルティング業務に従事し、新規事業立上やPMIなどを経験。これまで支援した主な業界は自動車、保険、製造、商社、小売り。
韓 翌雯(はん・いうぇん)
アクセンチュア ビジネス コンサルティング本部 ストラテジーグループ M&Aプラクティス コンサルタント
独ミュンヘン大学大学院卒業後来日、スタートアップ等を経てアクセンチュアに入社。クロスボーダーM&Aや新規事業立上げ等プロジェクトに携わる。これまで支援した主な業界は金融、通信、製造、ベンチャー。