第1 はじめに
近時、中国ビジネスを取り巻く環境については、中国国内景気への懸念や、立法された法令の内容に対する不安を指摘する声は少なくない。もっとも、日本と中国は重要な隣国であることに変わりはなく、2022年における日本企業の対中直接投資額は1兆2070億円で、投資先としては米国、オーストラリアに次ぐ第3位という状況である(注1)。
本稿では、日本企業による中国への投資の一類型である中国での合弁企業の経営に着目し、日本企業が合弁相手である中国企業と合弁契約を締結する際の留意点について、解説する。
なお、本稿においては、日本企業と中国企業が、それぞれ中国の有限責任会社(中国語では「有限责任公司」という)の株主となり、当該有限責任会社を合弁会社として共同経営する場面を想定して説明する。
第2 外商投資法の施行後における合弁契約変更の位置付け
1.中国における合弁契約の基本的位置付け
日本で複数企業が出資して合弁企業を経営する場合に株主間契約を締結することが一般的であるのと同様に、中国においても合弁企業を経営する際には合弁契約(中国語では「合资合同」という)を締結することが一般的である。
他方で、日本では株主間契約の内容と合弁会社の定款の内容とが大きく異なる(定款に記載しない事項について株主間で債権的効力を有する内容を規定している部分が多い)のに対し、中国においては、両者の内容はかなり共通するという点で、日中の合弁契約(株主間契約)の実務は異なる特徴を有している。なお、中国の合弁契約と定款の間で異なる内容としては、一般的に、各株主の合弁企業における責任、役割分担、表明保証等、当事者間の権利義務並びに合弁契約の解除及び中途解約等の契約固有の事項に限られる。
2.外商投資法施行の影響
2019年までは、中国においては、外商投資企業はいわゆる外資三法(中外合弁経営企業法、中外合作経営企業法及び外資企業法)により規律される一方、内資企業は会社法により規律される形となっており、外商投資企業と内資企業は異なるルールに従っている状態であった(例えば、内資の有限責任会社の最高意思決定機関が株主会であるのに対し、中外合弁企業の最高意思決定機関は董事会とされていた。)。
もっとも、2020年1月1日付で外商投資法が施行されたことにより、外資三法は廃止され、外資企業(中外合弁企業を含む。)に対しても中国会社法(以下「会社法」という)が適用されることとなった。これに伴い、外資三法に基づいて制定された中外合弁企業の定款は、会社法に適合するように変更する必要があり、その移行期間は5年間(2024年12月31日まで)とされている(外商投資法42条2項)。
すでに外商投資法の施行から約4年が経過しており、移行期間は残り約1年となっていることから、外商投資法の施行後に定款を変更していない中外合弁企業においては、定款の変更及びこれに付随する合弁契約の変更は喫緊の課題といえる。
なお、外商投資法の施行以前の中外合弁企業においては合弁契約の締結が必須であった一方で、外商投資法の施行後は合弁契約の締結は必須ではなくなったが、実務上は、合弁当事者間の権利義務を明確にしておく意味でもなお合弁契約を締結することが多く、外商投資法への対応としては、合弁契約の変更、定款の変更及びこれらに従った機関設計の変更をセットで行うことが一般的である。
第3 個別条項の概要と留意点
紙幅の都合上、合弁契約のすべての条項を取り上げて解説することはできないことから、特に留意するべき条項を取り上げて、具体的な留意点を述べる。
1.出資内容
合弁契約においては、まず、合弁会社に対する出資の内容として、概要以下の内容を記載する。
a. | 投資総額 |
b. | 登録資本金 |
c. | 各株主の出資額、出資財産(出資方法) |
d. | 各株主の出資期限 |
投資総額とは、登録資本金に加えて、借入れを行うことができる金額の枠を加算したものである。
登録資本金とは、全株主が引き受けた出資額を指す(会社法26条1項)。
各株主の出資額は、各株主が合弁会社に出資する金額を意味する。中国の有限責任会社には、株式数という概念はなく、各株主は出資額に応じた持分を取得することになる(注2)。例えば、登録資本が1億元の合弁会社に対して、日本企業A社が5100万元を出資し、中国企業B社が4900万元を出資する場合、各株主の持分割合は、A社が51%、B社が49%ということになる。
また、出資財産(出資方法)としては、以下の財産の出資が認められており、日本円や米ドル等の外貨だけでなく、金銭以外の財産の出資(現物出資)も許容されている(会社法27条1項)。
但し、金銭以外の財産を出資する場合には、当該財産の価値評価を行う必要があり(同法27条2項)、実際の価値が定款に規定された出資額に比して著しく低い場合には差額の補填義務を負う点には留意する必要がある(同法30条)。
株主による出資は、一括で行うことも分割で行うことも許容されており、いずれの場合であっても定款上で出資の期限を定める必要があることから(同法25条1項5号)、合弁契約においても株主間で合意した出資期限(分割の場合には各回の出資期限)を記載することとなる。
2.株主会の権限・決議
(1)株主会の権限
有限責任会社においては、株主会が最高意思決定機関である(同法36条)。会社法上、株主会の権限は以下のとおりである(同法37条1項)。
■筆者プロフィール■
中城 由貴(なかじょう・ゆうき)
TMI総合法律事務所弁護士。2011年12月弁護士登録、2014年8月TMI総合法律事務所北京オフィス駐在、2016年11月同オフィス首席代表。主にM&A、コーポレートガバナンス、著作権、個人情報案件に携わり、中国に関連する案件も含めて幅広い企業法務案件を取り扱っている。
邢 沂晨(けい・いしん)
TMI総合法律事務所外国弁護士(中国律師)。日本企業向けの中国企業法務全般の各種案件(主にM&A、個人情報、中国現地法人の管理・運営に関する法務、契約関連、紛争解決及びコンプライアンス等)に従事しており、中国企業からのインバウンド案件へのサポートを提供している。2016年中国律師(弁護士)資格取得、2019年から現在までTMI総合法律事務所勤務。