[書評]

2010年4月号 186号

(2010/03/15)

BOOK 『M&A の会計システム』

藤田啓司著 中央経済社 3600円(本体)
M&Aが成功か失敗かは、会計の数字で示される。そうである以上、会計処理がどのように行われるのか理解しておくことが欠かせない。日本でどう発展してきたのか。会計基準が国際化する中、今後どういう方向にいくのか。本書はM&A会計を制度の進化ととらえる。進化するのは、取引や経済実態をより深く観察した結果だという。日本でも会計慣行としての時価以下主義から、企業結合会計基準ができ、持分プーリング法併用、さらにパーチェス法(買収法)に一本化した。しかし、米国や国際会計基準はさらに先を行く。
 
そこでは企業結合の定義は、相手企業の資産負債や持分を買うこと(パーチェス)でなく、事業の支配を取得すること(取得法)となった。買収法だと、取得原価が決まると、取得した資産負債に配分する手続きへ進むが、取得法だと、取得した資産負債の公正価値(資産を売るときに受け取る額)測定に入る。これを徹底し、測定対象を広げるなどすればするほど、差額ののれん金額は小さくなる。のれんの贅肉が削ぎ落とされ、本来の「コアのれん」に接近するのだ。これにより、買収者が意図するシナジーの価値が測定しやすくなる。
 
では、のれんとは何か。企業の歴史を背景に、現在の経営資源と一体になってキャッシュフローを生み出すもので、競争優位の源泉とも言われる。しかし、実体はつかみどころがない。それだけを切り離して評価したり、取引きしたりはできない。M&Aのときに顕在化し、買収対価と取得した純資産の価値の計算差額としか定義できないとされてきた。著者は、こののれんに注目し、M&A会計の進化は、のれん金額の縮減にあるというのである。この記述の箇所で、思わず驚きながらも納得する。日本の改定前と改定後の2つ基準と国際的基準を、のれん金額の大小で比較すると、日本(改訂前:2003基準)> 同(改訂後:2008基準)> 国際的基準となるとして、日本の遅れを指摘する。
 
のれんの正体を明らかにしたうえで著者は新たな視点から、のれんの償却・減損論争を検討する。日本のように、のれんを寿命のある償却資産とみて20年以内に規則的に償却する考え方と、国際的基準のように非償却資産とみて減損テストをする考え方がある。著者は観念論で決めるのでなく、M&A取引のプロセスとのれんの発生過程をたどりながら、非償却説を支持する。その裏づけとして、建物の償却耐用年数のように豊富な実績があるものと違って、のれんには、似たものがない。従って、先見的な判断で何年と決めて償却するよりも、事後的に判断をしたほうが実態に即した処理になるというのだ。
 
企業結合会計基準と並んで連結会計基準も本書の骨格となっている。M&Aのプロセスを扱うのが前者で、その結果を情報化するのが後者である。従来は別々に発達してきたが、最近は密接に連携しあうようになっている。この二つの基準に共通する概念が「支配」の概念でこれが会計基準を進化させる原動力になっているという。ところが、米国の連結基準が「支配」(実質支配基準)に対立する「所有」(議決権基準、数値基準)の概念に未だにこだわっていて、これが連結外しや金融危機の背景になっていることも指摘する。数値基準を使う細則主義の弊害は日本も他人事でない。日本が国際会計基準に移行できるかは原則主義に移行できるかにかかっているが、そのためには経済実態を的確に判断する力と真実を報告する勇気が必要になるとする。
 
M&A会計を考える者にとって教えられることが多い本である。(青)

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