[書評]

2011年2月特大号 196号

(2011/01/15)

今月の一冊『金融と法--企業ファイナンス入門』

大垣 尚司 著 有斐閣/4000円(本体)

金融技術の発展で新しい仕組みや金融商品が次々に登場し、金融はますます複雑怪奇なものになっている。リーマンショックによる金融危機がたちどころに世界経済の危機に拡大したように金融が現代社会に占める役割はかつてなく大きい。金融革命ともいわれる今日の金融を支えるのが金融技術である。金融工学、IT、法律、会計、税務などが絡む。本書は法技術の観点から金融とは何かに迫る。金融法の解説でなく「金融と法」なのだ。

金融についての基礎概念の説明がある。金融、即ちファイナンスの世界では、あらゆるものの価格を時間価値で考える。あるものから将来、生み出されるキャッシュフローを一定の割引率で割り引いた現在価値の合計で表現される。金融とは現在価値が同じになるキャッシュフローを交換することと定義する。様々な金融技術を用いて、投資家のための金融商品が開発、製造され、物の壁、時空の壁を超え、取引の対象が広がっていく。

リスクの概念も金融を理解するうえで欠かせない。今と後の時間軸があるため将来との関係で不確実性が伴う。この不確実性から生じる経済的な損益を、数字で定量化できるものがリスクである。純粋リスク、投機的リスク、カバー、ヘッジといった言葉が保険、引当金といった金融商品、手法と関連づけて分かり易く提示される。

会社法の理解にも役立つ。起業時点や設立後のエクイティファイナンス、デットファイナンス、投資家の資金回収などで使われる法技術が現行の会社法の仕組み、制度に則して解説されている。株式会社は事業と経営者をセットにして投資商品化するための典型的枠組みともいう。金融の観点からみた会社法の教科書にもなっている。それぞれの関連箇所でWACC(加重平均資本コスト)、MM理論、IRR(内部収益率)、経営指標のEVAなどの解説も盛り込まれていてサブタイトルにあるようにコーポレートファイナンスの入門書の性格も兼ね備えている。

金融の最先端分野も垣間見れる。シンジケートローン、資産の証券化、集団投資スキーム、REIT、投資ファンド、CDS(クレジットデフォルトスワップ)といった金融商品に使われる枠組みや法技術のさわりが分かる。CDSは、債権債務関係の存否とは無関係にある企業や個人の信用リスクが顕在化した場合に一定の金額を支払ってもらえる金融商品である。人的信用補完の仕組みとしては、これまで債権者が被る実損填補型のものしかなく、例えば社債の発行体の格付が下がり、社債の価格が下落して生じた損失には対応ができなかった。CDSは、こうしたものに対応する商品として登場し、さらにこれを使って、社債など現物と関係なく抽象的な信用リスクの取引も活発に行われるようになっている。金融危機を引き起こしたサブプライム問題の元凶ともいわれるものだ。

著者はクールに見る。15世紀末に商業革命、19世紀に産業革命、20世紀後半に情報革命、金融革命が起こる。産業に資本を供給する立場に過ぎなかった金融が独立したビジネスとして国富の形成に重要な役割を果たす金融立国の時代が到来したといわれた。サブプライム問題で、こうした見方が否定されたようにもみえるが、「それは産業化と公害の関係のように次の更なる展開に向けた足踏みとでもいうべきもの」という。正しい意味での金融立国の意義は今後ますます高まるというのである。

著者は大学で法律を学び、司法試験を諦めて日本興業銀行に入行した。金融分野で専門性を高める努力を重ね、今、大学で教鞭をとる。本書は実務と学問・理論が高度に絡み合う最先端分野の架け橋の書だ。本論ともいえる第2部も予定される。志の高さに敬服する。  

(川端久雄)

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