[対談・座談会]
2018年1月号 279号
(2017/12/15)
~効果的なM&Aを実行できる組織・経営人材育成のポイント
ビジョンのないM&Aは成功しない
藤井 「日本市場の縮小傾向が続く中で、多くの日本企業が海外に成長市場を求めて海外M&Aに乗り出しています。M&Aには売上成長や利益拡大といった経済的バリューアップ効果がある一方で、日本企業はグローバル経営組織の構築を迫られています。
そこで今回は 、LIXILグループの藤森義明相談役にご登場いただき、『M&Aとグローバル経営組織の構築~効果的なM&Aを実行できる組織・経営人材の育成のポイント』というテーマで、M&A経験の豊富なアンダーソン・毛利・友常法律事務所の龍野滋幹弁護士にも加わっていただいて、お話をうかがっていきたいと思います。
藤森さんは現在、LIXILグループ(以下「LIXIL」)の相談役ですが、2011~16年まで同社の社長兼最高経営責任者(CEO)を務められました。LIXILに入られる前は、25年間にわたってゼネラル・エレクトリック(General Electric Company: GE)に在籍されて、同社のアジア、世界地域での医療システム、プラスチック、キャピタルを含む多くの事業部門の上級副社長やCEOを経て役員会のメンバーとなり、その後3年以上にわたってGE Japan(日本GE)の会長兼社長兼CEOを務めてこられました。
GE時代そしてLIXILのトップとしても数多くのM&Aを経験してこられたわけですが、藤森さんのM&A哲学は、やはりGEでの経験が中核になっているということでしょうか」
藤森 「そうですね。私は1975年に日商岩井(現 双日)に入社した後、カーネギーメロン大学でMBAを取得して86年に日本GEに入ってから25年間籍を置いていたのですが、その間にジャック・ウェルチ前会長と、ジェフ・イメルト前会長という2人の名経営者の下で働き、学んだことが私の大きな財産になっています。
イメルト前会長のエピソードとして鮮烈に覚えているのは、彼が次のCEO候補の3人のうちの1人に選ばれた時のことです。私は90年、日本GEに転職後4年で米GEの医療機器を扱うメディカルシステムズ核医学ビジネスのゼネラルマネジャー(GM)に抜擢されたのですが、その時のGEメディカルシステム部門の売り上げが40億ドルでした。その時、イメルト氏はメディカルシステムの幹部を集めてブリーフセッションを行い、40億ドルの売り上げを80億ドルに成長させるというビジョンを打ち出したのです。ウェルチ会長の方針は基本的にコア事業に特化して利益をあげていくというものでした。それに対してイメルト氏はコア事業からアジャセント(adjacent)、つまり近接の領域に事業を広げるという成長戦略を打ち出し、そのために積極的なM&Aをしかけていくというものでした。私はその時40歳そこそこでしたが、非常に刺激を受けました。それ以来、私自体も数々のM&Aに関わっていくことになるのですが、M&Aといってもただ単に企業を買収すればいいというのではなく、まずビジョンを作って、そのビジョンを達成するための手段としてM&Aを行うのだということを学びました。
ビジョンがみんなに共有されていて、そのためにM&Aをやるのだということがわかれば、社員もついてくる、それが基本です。実際、イメルト氏は医療部門のM&Aを進めて3年間で40億ドルから80億ドルに売上高を拡大しました。
私はその後、プラスチック事業や金融事業に携わりGEに転職して11年で副社長に就任したのですが、どの事業部門に行ってもまずはビジョンありきです。
11年に日本GEの会長兼CEOからLIXILのCEOに転じた時も、ドメスティックな企業から、少なくとも売上高1兆円ぐらいの大きさの海外事業を持つ企業にしないとこれからのLIXILが世界の中で生きていくことはできないということで、海外売上高1兆円、しかも水回りで世界一になろうという目標を掲げて、大きなM&A案件に取り組んでいきました。世界一になるためにはアメリカ大陸、ヨーロッパ大陸、アジア大陸でそれぞれ1位になれば世界で1位になる。そういうビジョンがあるからこそM&Aの対象が決まってくるわけです。
しかし、そのためにはM&Aができる体制になっているかどうかが重要です。GEはその点、M&Aに対する基本的な3つの要素が完璧に備わっていました。3つの要素とは、まず、デューデリジェンス(DD)が社内できちんとできる、つまりDDの能力が高いということ。第2に、M&A後のコストシナジーと成長シナジーを出すためのインフラストラクチャーができ上がっていること。それとともに、インテグレーションのプロセスと方針がきちんと決まっていること。3番目に、一番大きなことはそれをやれるだけの優れた人材がたくさんいることです。
LIXILにきた時には、基本的にはドメスティックな会社でしたから、3つの要素を同時並行的に作っていかざるを得なかったのですが、この3つの要素がないとなかなかグローバルのM&Aはうまくいかないと思います」
ファイナンシャルバイヤーとストラテジックバイヤーの違い
藤井 「事業会社にしてみると、DDについてはアドバイザリーや法律事務所、会計事務所、コンサルティングファームといったプロのサービスを利用することでかなりの部分が解決されるのではないかと考えがちです。しかし、藤森さんがおっしゃったように、社内にもしっかりとしたエクスパティーズ(当該分野での成果貢献のために求められる業務経験や能力、知識・スキル等)を持っていなければいけないという指摘は重要です。それぞれの専門家を使う時に事業会社がそうした能力を持っているかいないかでM&Aの可否が左右されると思います」
龍野 「日本企業の場合、近年海外M&Aが非常に盛んになってきているといっても、実際にこれまで1社が経験してきた海外M&Aの件数は非常に限られているのが実情です。そうすると、今言われた3つの要素を、経験を通して蓄積して行く機会がGEと比べて格段に少ないと思います。そういう中で多くに人材において必要な能力をその限られた機会の中で高めていくということはなかなか難しいですね」
藤森 「たしかに簡単なことではありません。今日の本題は、『M&Aとグローバル経営組織の構築』ですが、本題に入る前に、事業会社のようなストラテジックバイヤーのM&Aとファイナンシャルバイヤーのそれとを比べて、どこが違うのかということについてふれておきたいと思います。
私は現在、LIXILグループ 相談役の他、武田薬品工業の社外取締役、ボストン・サイエンティフィックコーポレーションの社外取締役とCVCキャピタルパートナーズというPEファンドの日本法人最高顧問もしています。
CVCはいわゆるファイナンシャルバイヤーですが、事業会社のようなストラテジックバイヤーのM&Aがファイナンシャルバイヤーのそれと比べてどこが違うかというと、基本的にはまず戦略です。ストラテジックバイヤーの場合はどの事業分野を伸ばすのかという戦略があるということが1つと、その目標を達成するための製品やマーケットなどに対する知識が極めて豊富だということです。つまり自社の強味や弱味がよくわかっている。しかし、ファイナンシャルバイヤーにはそれがないのです。
例えば、法務、人事、ファイナンスといった基本的なバックボーンのDDは外部の専門家の力を借りればできます。しかし、今後の市場の見込み、あるいは買収先の製品の魅力について豊富な知識をストラテジックバイヤーは持っています。そこがストラテジックバイヤーの大きな強味ではないかと思います。
M&Aを実行する時に、一番重要なのは
マールオンライン会員の方はログインして下さい。ご登録がまだの方は会員登録して下さい。
[M&Aの現場から]
[マールレポート ~企業ケーススタディ~]
[視点]