[【小説】新興市場M&Aの現実と成功戦略]
2018年5月号 283号
(2018/04/16)
(前回までのあらすじ)
三芝電器産業の朝倉俊造はインドへの赴任を命じられた。1年半ほど前に買収したインドの照明・配線器具メーカー(Reddy Electricals)への出向である。
インド固有の課題に悩まされ、そして創業家側の旧経営陣との軋轢を生みながらも、朝倉の先輩である日本人出向者達は、生産革新や流通改革に矢継ぎ早に取り組んでいった。
朝倉の赴任も数カ月を過ぎた頃、インド全国への視察を終えた営業管理担当の小里陽一が本社に戻ってきた。そして小里のサポートを命じられた朝倉に対し、「代理店制度の廃止に加えて、抜本的な営業改革を断行したい」と言い放ち、朝倉にボード・ミーティング向けの企画書を作成させた。
苦労しながらも何とか企画書の承認を勝ち得た朝倉は、すぐに改革を走らせようとする。しかし三芝電器には直営営業所の営業ノウハウが存在しない。本社からのサポートを得られなかった朝倉は、新入社員当時に実習で派遣された故郷の諫早電器店に電話した。そして10年以上前に研修で世話になった店主から、県内で優秀系列店として有名だった佐世保電器店の岩崎を紹介された。岩崎は腹心の古賀を連れてムンバイの地に降り立った。そしてレッディ社の直営店舗に対する、岩崎と古賀からの非公式な教育が開始された。
そんなある日、本社に戻った朝倉は営業担当取締役である小里に声をかけられ、目下の営業改革について議論が始まった。議論は狩井宅での恒例の合宿議論に持ち越され、最終的に本社から投資を呼び込む手段としてコモンウェルス・ゲームズが活用されることになった。全員が一丸となり本社や関係会社との折衝に取り組んでいる中で、今度は製造管理担当の伊達から狩井に納入部品に関する問題提起がなされた。
日本では考えられないようなトラブルに日々見舞われていたが、狩井はじめ日本人駐在員は徐々にインドでのビジネスの手ごたえをつかみつつあった。そしていよいよ、新たな外部の血を取り込みながら、本格的なPMI=M&A後の経営改革の幕が切って落とされた。
高揚感の希薄化
狩井が約束した期限通り、検討開始から3カ月でレッディ社の新経営理念は完成され、キャラバンによる従業員への啓蒙と浸透が着手された。また同時に中期経営計画の骨子も発信され、従業員の心の中に「会社が大きく変わろうとしているのだ」という期待感も芽生え始めた。
一方で、期待感というのは熱しやすく冷めやすい。特に経営理念や中期経営計画と言うものは、概念的であり、また実現までの時間軸も長いのだ。ワーカーなどにしてみれば、自分たちの周りの身近な世界がすぐに変わるわけでもない。会社側からの様々な発信を好意的に受け入れているものの、最初に感じた高揚感は徐々に薄くなり、そのうち「ああ、あれか。自分には直接関係ないな」という形で関心さえ薄くなってしまう。経営理念の啓蒙キャラバンにおいて、現場リーダークラスに指示が出された「朝会での経営理念にかかわるスピーチ」についても、期待感の減少と共に話される内容が画一化し、話すほうも聞くほうも熱量が減じていた。
そんなある日、出張先から本社に戻った小里は合宿所と呼ばれる狩井宅に行くと、日本人出向者に尋ねた。
手応えの無さ
「啓蒙キャラバン後の現場の様子はどうだ? 工場とか本社とか、何かしら少しずつ変わってきた感じか」
小里がそう尋ねると、伊達は顔を小里に向けたが黙ったままビールを飲んだ。
「本社でも工場でも、朝会やQCサークルでのスピーチとか色々とやっているだろう。従業員は結構変わってきたか?」
再度小里が尋ねると、井上が口を開いた。
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