I はじめに~E(環境)に関する訴訟の増加
ESG(環境・社会・ガバナンス)に関する投資が進む中で、ESGに関する訴訟(注1)も世界中で増え始めている。その中には、サプライチェーンの強制労働・児童労働(注2)の問題のようなS(社会)に関する訴訟や、取締役の善管注意義務違反等が論点となるG(ガバナンス)に関する訴訟も数多く存在する。従来、日本では、企業が直面する人権問題というと、特に労働問題が注目されてきた面がある。しかし、世界では、E(環境)に関する訴訟も近年急速に拡大している。
歴史的にみると、ESGという概念が誕生する前より、環境問題に関連する訴訟は、日本において、国・地方公共団体に対してだけではなく、企業に対しても提起されてきている。特に、第二次世界大戦後の高度経済成長期以降、日本社会が被った環境汚染の中で、四大公害訴訟をはじめとする多数の環境訴訟が提起されてきた。また、そのような大規模な公害訴訟以外にも、工場等を建設する企業と近隣住民との間では、騒音や景観侵害等に関する訴訟が多数提起されて様々な判例理論が構築されてきた。
しかしながら、近年のESGの潮流において、諸外国では、従来見られなかったような環境訴訟、具体的には気候変動関連訴訟の提起が急速に増えており、国によっては政府に対してだけではなく企業に対して不利となるような内容の判決が実際になされたこともある。近い将来日本で似たような訴訟が提起されたり、日本企業が影響を受けたりする可能性も否定できない。
本稿では、近年気候変動関連訴訟が増加した背景やその特徴並びに諸外国における注目すべき判決について解説した後、日本における気候変動関連訴訟の現状と今後の展望について解説する。
II 気候変動関連訴訟増加の背景とその特徴
(1) 気候変動関連訴訟増加の背景
地球温暖化を始めとする気候変動への取組が不十分であるとして政府や企業の責任を問う気候変動関連訴訟が近年世界中で増加している。
…
■
大江橋法律事務所■筆者略歴
土岐 俊太(どき・しゅんた)弁護士法人大江橋法律事務所 弁護士
2012年京都大学法学部卒業、2014年京都大学法科大学院修了、2016年~2018年森・濱田松本法律事務所勤務、2022年Georgetown University Law Center LL.M.卒業、2022年~Morgan, Lewis & Bockius LLP (New York)勤務。
主な著書(共著を含む)として、「海外販売店契約で頻発するトラブルとその対応策」(Business Law Journal、2019年)、「債権法改正を踏まえた契約書法務」(大阪弁護士協同組合、2020年)等。