[書評]

2006年6月号 140号

(2006/05/15)

BOOK『なぜ資本主義は暴走するのか』

ロジャー・ローウェンスタイン著 鬼澤忍訳 日本経済新聞社 1,900円(本体)

なぜ資本主義は暴走するのか

 1990年代、米国経済はニューエコノミーの時代といわれ、株式市場は熱狂が続いた。シリコンバレーから次々にネット企業が誕生し、GEなど製造業も蘇った。しかし、2001年にバブルは崩壊し、時代の寵児といわれたエンロンなどの企業が次々に破綻していった。その陰で高額の報酬を得ていたCEOの素顔も明るみになった。
 その時のバブル発生と崩壊の原因が、一般にはインターネット革命にあったと理解されている。しかし、金融ジャーナリストである著者は、それは産業、技術に偏った見方であり、真の原因は株主価値という概念の普及にあったとして、歴史に光を当てていく。
 株主価値という言葉が使われ出したのは、米国で80年代後半に、企業買収が行われるようになってからだという。低株価の企業に乗っ取り屋が目をつけ、企業買収をしかけていく。無名のペレルマンがレブロンという巨大企業の買収に成功し、経営者は一挙に危機感を高める。企業を防衛するには株価を上げるしかないと考えるようになり、株主価値という言葉が注目されるようになったというのだ。
 この言葉には、本来、一定の戦略に基づき、長い年月をかけて事業を構築し、会社の価値をあげていく意味が込められていて、それを高めるのがCEOや社長の使命と捉えられていた。しかし、現実には、短期的に株価を上げることの意味に変質していく。
 その方向に拍車をかけたのが、ストックオプションであった。株主価値を高め、企業買収から守るためには、CEOに一生懸命働いてもらう必要があるが、そのインセンティブとして、自社株を安い値段で購入する権利(ストックオプション)をCEOに与え、これがコーポレートガバナンスの手段となっていった。
 しかし、これは魔物である。もらう側に何のリスクもない。目先の株価が上がれば、ストックオプションを行使して、莫大な利益を上げられる。短期的な利益が出る合併に走ったり、挙句の果ては会計処理をごまかしたり、利益獲得に暴走するCEOが現われた。会計事務所も手を貸し、ディスクロージャーを大切にする米国の企業財務の伝統が根底から揺らぎ、それがサーベンズ・オクスレー法に行き着く。この間のドラマが手際よく語られていて、資料としても活用できるし、読み物としても興味深い。
 いよいよ、日本も敵対的買収が現実になっている。買収から企業を防衛するため、株主価値や企業価値の向上が合言葉のようになっている。しかし、本書を読むと、株主価値という概念が万能ではないと分かる。
 ライブドア事件などが起き、企業の暴走を許さない資本主義の仕組をどう構築していくかが日本の課題にもなっている。本書からは、米国の失敗の教訓がいくつも読み取れるが、日米共通して言えることは、監査法人や会計士の監査機能の強化であることを痛感する。(青)

バックナンバー

おすすめ記事

アクセスランキング