[書評]

2012年11月号 217号

(2012/10/15)

今月の一冊 『会計基準研究の原点』

 大日方 隆 編著/中央経済社/5600円(本体)

『会計基準研究の原点』 大日方 隆編著 中央経済社 / 5600円(本体)  学者として、初代の企業会計基準委員会委員長として会計分野の研究業績と実務で大きな足跡を残した斎藤静樹東京大学名誉教授が古希を迎えた。斎藤門下生を中心に20人による記念論文集である。会計を巡る最新のテーマ、日本の会計研究の課題などが理解できる。

   のれんの問題を4人が論じている。国際的な会計基準では、企業結合取引で生じた取得のれんは、非償却で減損処理される。日本はパーチェス法に一元化したが、これまで通り規則償却を続けていて、非償却・減損処理にするかは結論がまだ出ていない。

   企業会計基準委員会の西川郁生委員長は、「のれんという異物」という論文で、のれんの意義や会計基準の変遷をたどり、今後ののれんの会計基準の変容の可能性に言及している。米国で論争は沈静化しているが、企業横断的なのれんの残高は少しずつ大きくなる。やがて貸借対照表残高に占めるのれんが増大して、ある限界点に達したとき、のれんの会計処理の見直しを求める切実な声が広がる可能性があり、再度議論されるだろうとしている。その間、日本が国際的な基準に合わせるかは会計の判断というよりも、政治的な判断だという。

   自己創設のれんについて、1900年前後の初期の議論から遡って解き明かす論文もあり、のれんの本質である超過収益力(超過利益率)の意味、なぜ財務報告の対象から外されるのかがよく理解できる。

   国際会計基準審議会(IASB)と米国財務会計基準審議会(FASB)が取り組んでいる収益認識プロジェクトについても2人の論文がある。現行の収益認識モデルには、経営者の恣意的な判断介入の余地があるなど重大な問題点があるとして、プロジェクトでより客観的な収益認識基準の開発を目指した。当初は、資産負債を公正価値で測定した結果として収益を認識・測定するモデルを検討していたが、公表された公開草案などは、現行の実現・稼得モデルと変わらないと批判を受けるものになっている。「収益の認識・測定の問題を、資産・負債の変動に依存させて決めようとした、そもそもの問題設定そのものに無理があった」と辻山栄子早稲田大学教授は言う。フローの測定値がストックの測定値を導くという規定関係こそが、近代会計の歴史に宿る必然だとしている。

   白眉は編著者、大日方隆東京大学教授の論文である。日本会計研究学会では、2010年に「日本の財務会計研究の棚卸し―国際的な研究動向の変化の中で」を発表した。その中で、日本の財務会計分野の理論研究が会計基準の整合性分析や解釈などに偏っていて、「知的な前進を目指して行われる、とりわけ科学的な知見の獲得」に十分な努力が向けられていないと、厳しく指摘した。会計基準の体系は、基礎概念、会計原則(発生・実現・対応)、個別会計基準の3層で構成されている。この間に矛盾がないかを確認する研究が整合性分析である。斎藤教授は著作でその1つの完成型を示した。斎藤批判ともとれなくはない。

   大日方教授はこうした批判に答えようとしたのだろう。整合性分析は重要・有用との立場に立ち、その限界を認識し、克服する方法を試みる。選んだテーマがのれんの償却問題だ。整合性分析によっては、のれんの償却論争に決着はつかない、のれんの償却説と非償却説との対立は、のれんは減価するか否かという事実認識を巡る対立であるとして、整合性分析と実証研究との統合に挑む。

   多くの実証研究は、のれんは減価することを明らかにしている。では、のれんの非償却・減損処理がどのような経済的帰結をもたらしたのか。実証研究は、経営者が減損処理の計上のタイミングと損失計上額を機会主義的に決定していると報告している。従って、のれんの規則償却のほうが、当期純利益の情報価値が低下する危険性を小さくする。

   一定期間で減価することがわかっているならば、所定の期間で規則的に配分するのが整合的な会計処理である。規則償却の背後には、「対応・配分」の会計原則があるとする。

   こうして整合性分析と実証研究を統合してみると、そこから、斎藤教授が求めていた「会計の究極にある」ものが垣間見えてくるというのだ。それは、利益測定における「対応と配分」の概念・論理で、これこそが企業会計の根本規範であるとの仮説を提示している。

   斎藤教授は「世の中は語り得ぬもので満ち溢れている」と教えたという。本書を読んで、教え子らが語り得なかったものを語り、限りない「知的な前進」をしていることがわかる。
(川端久雄〈編集委員、日本記者クラブ会員〉)
 

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