[書評]

2013年12月号 230号

(2013/11/15)

今月の一冊 『会計基準と法』

 弥永 真生 著/中央経済社/10000円(本体)

今月の一冊 『会計基準と法』 弥永 真生 著/中央経済社/10000円(本体)  企業会計の基準に違反した会計処理をすると刑事罰、行政上の処分、損害賠償責任を問われる。長銀事件や日債銀事件で経営トップは、最後に無罪を勝ち取ったが、多くの企業人は会計基準の恐ろしさに気が付いたのではないか。では、このように国民に義務を課し、権利を制限する性格をもつ会計基準はどのように法的に位置づけられているのか。

  日本では、今、会社法に包括規定(431条)を置くほか、有価証券報告書提出会社に対しては金融商品取引法や財務諸表等規則(内閣府令)などにより、民間の企業会計基準委員会が開発・公表した会計基準に対して金融庁長官が告示により指定をしている。この枠組みで法的認知(承認)がなされているのだ。ただし認知した基準を唯一の「一般に公正妥当と認められた企業会計の基準」とは指示していない。このやり方を静的指示という。

  このように省令・府令で静的指示で認知する方法のほか、省令・府令で唯一の基準とする動的指示の方法もあれば、省庁のガイドラインで決める方法、法律で決める方法もある。

  著者は、国会を唯一の立法機関とする憲法、行政手続きを定める行政法、罪刑法定主義に立脚する刑法の観点から検討し、日本の今のやり方は、絶妙なバランスを保っていると評価できるとしている。海外の比較研究も行い、多くの先進国と同じ位置づけにあることも明らかにしている。

  将来、日本が国際会計基準(IFRS)を一定の企業に対し強制適用する時代がくるかもしれないが、その場合の問題点も浮かび上がる。IFRSを強制適用する場合、唯一の基準として指示(動的指示)することになりそうだ。このような排他的規範性を認める規律が、これまでの日本の法体系と整合するのか。立法論としては、財務諸表等規則などで、ある時点の特定の会計基準を唯一の会計基準として指定することは可能だが、この場合には行政手続法の手続きが必要で、カーブアウトや修正の余地がなければならないとしている。

  会計基準といった新しい法的ルールをどう考えていったらいいのか。民間の設定機関が開発するようになり、さらに経済のグローバル化で主権が及ばない民間の国際機関が開発したものを適用するかどうかの判断を迫られる。今までの法思考ではとても追いつけない。ソフトローと言う学者もいるが、それだけでは分かったようで分からない。会計と法が交錯する領域についての本格的研究が待たれていたのだ。

  こうした難しい学者の論議を知るだけなく、一般の者にとって学べる点も多い。商法や会社法の本を読んでいて、理解が難しいことの一つが商法32条2項のいわゆる斟酌規定(「……公正ナル会計慣行を斟酌スベシ」)だった。この規定が会社法431条にほぼ引き継がれている。

  斟酌規定(包括規定)の制定の沿革が詳細にたどられている。昭和24年に日本で初めての会計基準とされる企業会計原則が制定された。それ以降、会計・大蔵省サイドから商法・法務省サイドにこの原則に添った条文を置くよう働きかけが続いた。昭和30年代は調整がつかず、昭和49年にやっと慣行や斟酌といった文言で斟酌規定が実現した。

  審議の過程で昭和35年の法制審商法部会でのこんなやり取りも紹介されている。「公正妥当な会計慣行に従わないと……刑事上の罰則という法律効果が結びつくが、何が公正妥当な会計慣行かということについて、会計学上もいまだ熟していない段階であることに鑑みると、『かような規定を設けることは、……善良な経営者を傷つける……』」と。それからほぼ40年後、大蔵省の通達で銀行の会計基準が変更され、長銀・日債銀事件が起き、不安は現実になった。何が公正なる会計慣行だったかが争点となったのだ。

  このほか、過去に会計基準が立法や行政により歪められたり、歪められそうになったりした事例も詳細に紹介されている。国策の失敗の後始末のために、輸出硫安売掛金経理臨時措置法がつくられ、肥料会社に、取り立てできない巨額の売掛金について繰り延べ償却を認めたこともあった。大蔵省の通達で銀行保有国債の評価方法を変更したこともあった。今また、原発の廃炉に関わる会計ルールの見直しが行われる。会計基準を変えて、急場をしのぐ発想は変わらないのだと思えてならない。

  法学者である著者は10年をかけ、日本の沿革をたどり、米、英、仏、独など海外21カ国の状況を調べ上げた。ほぼ1000頁にわたるこのような体系書は海外でもないのではないか。言葉の問題、会計と法律の両面にわたる文献の渉猟など大変さは想像に余りある。日本の学者の底力を知った思いがする。

川端久雄(マール編集委員、日本記者クラブ会員)

 

 

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