[書評]

2014年2月特大号 232号

(2014/01/15)

今月の一冊 『株式買取請求権の構造と買取価格算定の考慮要素』

 飯田 秀総 著/商事法務/7500円(本体)

今月の一冊 『株式買取請求権の構造と買取価格算定の考慮要素』 飯田 秀総 著/商事法務/7500円(本体)  日本で株式買取請求権が制度化されて既に60年余り。先般の会社法の改正で、買取価格の算定に際して、シナジー(合併から生ずる利益)を分配することも認められた。その結果、M&Aの普及と相俟って同制度の利用が増加し、裁判所も対応に追われている。重要性を増している同制度をどう整理・再構築していけばいいのか。喫緊の課題に少壮学者が理論面から光を当てたのが本書である。

  日本の通説は株式買取請求権をこう解釈する。支配株主と少数株主の利害が対立する局面(利益相反状況)で企業買収が行われる場合、少数株主(反対株主)の利益が害される恐れがある。この利害状況を調整するため、シナジーを分配する必要があり、それが公正なのだと。

  この結果、今、株式買取請求権には多くの機能や要素が盛り込まれて解釈されるようになっている。支配株主の忠実義務違反責任の代替機能、利益相反の要素の解消措置の動機付け機能、非効率的な組織再編を抑止するスクリーニング機能、公開買付けの強圧性の解消機能の四つが主なものだ。しかし、これは株式買取請求権に過度の期待をかけるものであり、少数株主にとって真の救済手段になっていないのではないか。果たして、シナジー分配を認めたことが妥当だったのか。

  こうした疑問を抱いた著者は、株式買取請求権の本来の趣旨や機能を明らかにしようと、日本の制度の母法である米国の同制度について研究する。株式買取請求権の起源は、19世紀末に多数決による合併の解禁に伴って反対株主に認められたこと、日本と同じような構造(会社が買い取る、反対株主のみが行使できるなど)になっていることを確認する。デラウェア州会社法などの条文の変遷、判例の展開、学説の発展などが本書で示されている。

 まず、意外な事実が指摘されている。米国では、買取価格の算定ではシナジーを排除し、日本で言う「ナカリセバ価格」(決議ナカリセバ其ノ有スベカリシ公正ナル価格)に基づく算定が厳然と行われているのだ。裁判所は当事者が独立当事者間取引と近似できるような交渉プロセスを踏むように動機付けを行うのが中心で、事後に価格を再構築する作業はほとんど行っていない。これに対し、日本は事前の動機付けのアプローチは中心的でなく、事後に裁判所が価格などを再構築する方式を採っている。会社法の造詣の深い裁判官で構成されるデラウェア州でさえ避けている難しい作業を、日本はシナジーの分配まで踏み込んで対応しようとしている。この点で、日本は大胆にも裁判官の能力が高いことが前提になっていると言うのだ。それで本当に大丈夫かと首をかしげたくなる。

 理論面の発展も興味深い。当初は、反対株主の流動性を与えることに意義があったとされていた。このため、株式市場が整備されると、株式買取請求権不要論も展開され、市場性株式の例外条項がデラウェア州会社法に採用されるに至っている。その後の学説は、利益相反の問題を調整するためとみる議論が多かったが、非効率的な取引の抑止というスクリーニング機能の視点を加えた新しい理論が提唱されるようになっている。

 著者は、この理論が米国における株式買取請求権の現状を上手に説明できるし、限界がありながらも日本にも応用できるとし、スクリーニング機能の視点から買取請求権を詳細に分析している。

 株式買取請求権は、合併など株式のリスクを変化させる取引などが行われる場合に、不利益を受ける株主に対し会社が補償することを求めるもので、そのコストは利益を受ける株主の負担とするものである。株主がその取引に賛成するのは、利益が補償のコストを上回るときのみである。その結果、非効率な取引が実行される確率が低くなる。株式買取請求権は企業再編の意思決定が価値上昇型になるように担保する制度なのだ。

 こうした分析に基づき、株式買取請求権の暫定的な解釈論と、関連する他の制度についての立法論を展開している。将来的には支配株主等の行為義務・責任、対象会社取締役の行為義務・責任のルールを立法論・解釈論によって明確にするなどして利益相反的な行為の問題に対応する一方で、買取請求権はスクリーニング機能を果たすナカリセバ価格に戻すのが望ましいとしている。

 振り返れば、日本では忠実義務違反を理由にした差止めや損害賠償責任の追及で少数株主を救済する手段が乏しいといった状況が意識されて、シナジー分配を認めることで株式買取請求権による介入を強化しようとしてきた歴史がある。さしあたり立法が実現しやすかった同制度で対応したのは過度的には合理的と評価できる面があるが、米国のように公正性を担保するための措置を導入する動機付けのメカニズムまで代替することは難しい。一時しのぎでなく、そろそろ、著者の提言の方向を目指すべきだろう。

 本書は、元々は東京大学大学院法学政治学研究科の助教論文として書かれた。先行研究は部分的になされているが、体系的には手つかずで、学者が理論的な貢献ができる余地が残されている領域である。その点を解明した功績は大きい。混沌としている日本の企業買収ルールのあり方についての検討も期待したい。

(川端久雄〈マール編集委員、日本記者クラブ会員〉)

 

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