[書評]

2014年6月号 236号

(2014/05/15)

今月の一冊 『[第2判]M&A・企業組織再編のスキームと税務―M&Aを巡る戦略的プランニングの最先端』

 太田 洋 編著/大蔵財務協会/4000円(本体)

今月の一冊 『[第2判]M&A・企業組織再編のスキームと税務―M&Aを巡る戦略的プランニングの最先端』太田 洋 編著/大蔵財務協会/4000円(本体)  編著者はM&A税制の実務の最先端を切り開いている。同じ事務所の弁護士の協力を得て、論文を発表してきた。2年前にこれらの論文を基に著作が出版されたが、今回、大幅に加筆され、第2判が発行された。日本のM&A税制の実務と理論の到達点が分かる。

  今、日本で以前は考えもしなかったM&Aが登場してきている。スキームの選択肢が増え、組む相手も海外に広がった。しかし、取引には税の問題が伴う。特にM&Aでは、会社レベルと株主レベルで生じるので複雑さを増す。税の負担がどうなるかでM&Aの成否が決まることも多く、事前のタックス・プランニングが重要になるのだ。

  新しいM&Aの代表格は、東京エレクトロンと米アプライドマテリアルズの国境を越えた経営統合だろう。東エレがオランダに統合持株会社をつくり、日米でそれぞれ三角株式交換や三角合併を行う。両社は上場を廃止し、持株会社が日米で上場する。日本で初のスキームである。

  なぜ、オランダに持株会社が置かれるのか。本書を読むと、その理由が分かる。オランダは法人実効税率が25%で、日本や米国と比べて相対的に低い。グループ全体として租税負担は軽減される。この点から、コーポレート・インバージョン(海外への本社移転)的な要素を含んだ経営統合だと解説している。

  コーポレート・インバージョンとは、自国に本拠を置く企業グループが軽課税国に法人を設立し、この外国法人がその企業グループの最終的な親会社になるように変更する取引を言う。三角組織再編の解禁でやり易くなり、統合ではないが、すでにサンスターがMEBOに際して、スイス(法人実効税率21.17%)に本社機能を移している。この対応税制も導入されているが、上場会社によるインバージョンには十分対応できていない。今後、こうした動きは本格化するとみられる。このため、いずれ立法的な手当てがなされると編著者は予想している。M&Aの最新の動向を理解するうえで本書は役立つ。

  さらに、国際経営統合の方式には2元上場会社もある。外国企業による自国の電力や金融などの買収では国民の反発が伴いがちだが、この方式だと、形式上も対等合併が実現できる。二つの会社を一つの法人であるかのように取り扱うため契約で様々な工夫がされる。資産や株式の移転がなくても可能で、税制上も有利になることが多い。欧州を中心に利用されている。資源会社BHPビリトンやリオ・ティントはいずれも豪と英に本社を置く2元体制をとっている。以前はロイヤル・ダッチ=シェル、スミスクライン=ビーチャムもそれぞれ英と蘭、英と米で2元体制をとっていた。日本にはまだ実例はないが、日本企業がこの体制をとることが会社法上も可能だと論じている。

  今日のM&Aの隆盛に、平成13年度の組織再編税制創設が果たした役割は大きい。編著者はこの点を評価しながらも、日本が米国と比べて不十分な点も指摘している。

  スピン・オフ税制の不整備がそうだ。会社法上は、スピン・オフ(現物配当により株主に子会社や事業の株式を交付して、子会社や事業を切り離す組織再編)が認められている。しかし、日本ではほとんど行われていない。経営者の意識や投資家からのプレッシャーの面で日米の違いもあるが、日本で課税の繰り延べが認められていないことが大きい。米国ではこれが認められているため活発に行われ、経済の効率化に貢献している。日本でスピン・オフが十分に活用されていないことが、日本企業の事業の選択と集中を中途半端なものにとどめ、日本経済が未だに十分なダイナミズムを発揮できないでいる一因となっているとしている。

  編著者は、非上場化に際してのスクイーズ・アウトで全部取得条項付種類株式利用スキームの開拓者としても知られる。本書を読むと、会社法上の少数株主保護の問題についての検討だけでなく、課税当局から一般的否認規定(法人税法132条の2)を根拠とした課税のリスクについても詳細に検討して、このスキームがプランニングされていたことがよく理解できる。まさに腕の振るいどころなのだろう。

  こうした実務の経験と理論の究明を買われ、今、弁護士のかたわら東京大学大学院教授も務める。本書に紹介されている海外を含む情報の多さにも目を見張る。知的格闘技の一端を垣間見た思いがする。

(川端久雄<マール編集委員、日本記者クラブ会員>)
 

バックナンバー

おすすめ記事