[書評]

2014年11月号 241号

(2014/10/15)

今月の一冊 『包括否認訴訟をめぐる考察 組織再編成をめぐる包括否認と税務訴訟』

 朝長 英樹 編著/清文社/4000円(本体)

今月の一冊 『包括否認訴訟をめぐる考察 組織再編成をめぐる包括否認と税務訴訟』朝長 英樹 編著/清文社/4000円(本体)  2001年度に日本に組織再編成税制が創設されてから13年が経過した。この税制のおかげで日本のM&Aは活発に行われるようになったが、当初からこの税制を濫用するなどして租税回避が行われるのではないかという懸念があった。それに対処するため、税務当局が組織再編成の行為・計算を否認して、課税処分をできる規定(包括否認規定)が設けられた。当局がこの「伝家の宝刀」を抜いたのがヤフー事件である。

  東京地裁で2014年に判決があり、税務当局の全面勝訴となった。これまでの実務の流れに大きな警鐘を鳴らすものとなっている。本書はこの判決を受けて出版された。編著者は財務省主税局でこの税制の企画立案にあたった人物である。立法の経緯、根底にある考え方、包括否認規定を創設した理由などが詳細に語られている。判決文や編著者が裁判所に提出した鑑定意見書なども掲載されている。日本の組織再編成税制の仕組みと実務の現状を知る「生きた教科書」となっている。

  組織再編成税制がなぜつくられたのか。立法を構想した当時、日本はまだバブル崩壊から回復せず、企業の間では閉塞感が漂っていた。大企業がグループ内を中心に合併や分割などで大胆に事業を立て直し、再出発を図らないと、将来が開けないという危機感を編著者は抱いたという。それで、会社法や企業会計に先行して、法人税制の中に組織再編成についての合理的で統一的なルールをつくり、企業に羽ばたいてもらおうと考えたというのだ。

  日本の組織再編成税制の仕組みは、「企業グループ内の組織再編成」を土台に「共同事業を営むための組織再編成」が考えられている。その点を限界とか問題点とか批判する見方もあるが、立法の経緯を知るとなるほどと思えてくる。

  グループと並んで、この税制の仕組みの一番基礎にある考え方が、「移転資産に対する支配の継続の有無」である。これも日本独自のものだ。日本の組織再編成税制では、非課税で株主に既存の子会社の株式を交付するなどのスピン・オフが認められていないが、その理由もこうした考え方からきていることが分かる。ただ、日本のグループ内再編が一段落した暁には、現行の組織再編成税制を見直す必要があるように思えてくる。

  組織再編成税制の要は、一定の要件を充たせば、非課税で組織再編成ができて、対象企業の繰越欠損金の引き継ぎなどが行えることだ。しかし、この制度を悪用すれば、租税回避が可能となる。そこで制度ごとに個別の租税回避の防止規定が盛り込まれた。ただ、それを巧妙に掻い潜ることも十分予想される。それで、包括否認規定が新たにつくられた。

  ただ、編著者は、税務当局が税務調査で、次々と否認を行うことで、組織再編成を検討していた会社が怖がって、組織再編成をやらなくなってしまっては元も子もないと心配した。それで、国税庁に対して、制度が定着するまで見守ってほしいとお願いをしたというのだ。税務当局はこれを聞き入れてくれたため、我が国で組織再編成が広範に行われるようになり、多くの企業が立ち直ったと分析している。

  しかし、こうした税務当局の寛容な対応を逆手にとって、組織再編成を使った租税回避が横行するようになっていた。それに歯止めをかけようとして、税務当局が伝家の宝刀を抜いたのが、2009年にヤフーがソフトバンクの子会社との間で行ったM&Aである。

  同税制の創設から、包括規定が使われるまでの流れがよく理解できる。また、訴訟で最大の論点となった、繰越欠損金を引き継ぐための要件である特定役員引き継ぎ要件についても詳細に説明されている。

  編著者は、すでに退官していて、現在は税理士である。裁判では、被告となった国側の求めで鑑定意見書3通を提出している。一方、原告のヤフー側からは、東大をはじめ日本を代表する租税法学者が何人も意見書を出しているが、裁判所は編著者の考え方に軍配を上げた。まだ上級審があるが、同税制の生みの親として、やるべきことをやったとの達成感が行間に伝わってくる。

  本書を読んだ後、判決文を再度読み直してみた。初めに読んだときには、よく分からなかった点が理解できていることを実感した。

(川端久雄 <編集委員、日本記者クラブ会員>)
 

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