[書評]

2015年1月号 243号

(2014/12/15)

今月の一冊 『会計基準のコンバージェンス』

 平松 一夫、辻山 栄子 責任編集者/中央経済社/3600円(本体)

今月の一冊 『会計基準のコンバージェンス』  平松 一夫、辻山 栄子 責任編集者/中央経済社/3600円(本体)  数年前には日本も米国も含め、世界の会計基準が国際会計基準(IFRS)になると思われていた。それが、なぜ、失速したのか。今後、会計基準のコンバージェンス(収斂)はどう進むのか。本書は最近の会計においてもっとも関心が高いテーマについて10人の学者が執筆している。

  責任編集の一人、辻山栄子教授は、制度面と理論面からIFRSをアドプション(採用)することの難しさを指摘している。

  当初、国際会計基準審議会(IASB)は、各国の基準とIFRSのコンバージェンスを達成することを目的としていた。しかし、その後、各国がIFRSをアドプションすることを奨励、促進することを目的に掲げた。収斂から採用にゴールを高めたのだ。

  IFRSを採用ということは、IFRSそのものを国内基準化することである。その法的手続きが確立されていなければならない。国内化された会計基準は会社法や法人税法との関係だけでなく、社会の広範囲に影響が及ぶ。このように国内法となる会計基準の設定を海外の民間機関にアウトソーシング(外注)するような仕組みが果たして現実的なのか、制度面から改めて検討される必要があるとする。

  さらにIFRSが依拠する会計の基本思考(会計パラダイム)がこれまで各国の会計制度に浸透してきた会計思考と異なるというのだ。よく、資産負債観対収益費用観、公正価値(時価)主義対取得原価主義、包括利益対当期純利益といった対立軸で語られる。それも大事だが、こうした対立構図の根底に横たわる基本思考とそれを支える社会的基盤に目を向けなければならないと同教授は強調する。伝統的な会計思考については、よく知られているが、IFRSの基本思考についてはあまり理解されていないとして、背後にある投資運用業界の関連団体、CFA協会の考え方を紹介している。

  この考え方の根底には、現代の世界経済においては金融セクターが主役であるという信念がある。リスク資本の提供者である金融セクターが使い易いように財務報告を変える必要がある。このため、金融商品だけでなく、その他の資産、負債も全面的に公正価値評価する。その期間差額を即時損益として認識しなければならない。短期投資家としての株主の視点が色濃く出ているのだ。この考え方に基づいて、IFRSの改訂も提案されるなどしているという。

  これに対し、伝統的な会計思考は、企業の事業遂行の主体である経営者の活動に焦点を当ててきた。財と役務がどのように創出されるのか。キャッシュがどう獲得されるのか。当期の努力(費用)と成果(収益)を対応させ、その結果として業績(利益)が算定される。

  IASBの議論の混迷は、経営者とそれに寄り添う投資家の伝統的な会計思考と、外部の投資家の立場を徹底させる会計思考との対立によってもたらされているとしている。理論面の隔たりは大きく、容易に埋まりそうにないことが理解できる。

  IASBの混迷ぶりは、他の学者も指摘している。財務諸表の表示を巡るプロジェクトもそうだ。「企業の業績をあらわす唯一の指標は包括利益でなければならない」というIASBの前議長の根拠なき信念によってプロジェクトが開始された。包括利益は資産、負債の定義から明確に定義されるが、純利益は明確な定義が困難で、経営者の恣意が入り込む余地がある。だから「純利益を排除しなければならない」というのだ。しかし、IASBの主張は、財務情報の作成者・利用者に受け入れられず、プロジェクトは凍結されたままになっている。この間、なぜ、純利益よりも包括利益の方が業績指標として適切なのかについて、IASBは何ら証拠を示していない。今日では、IASBも包括利益一元化論は取っていないが、八重倉孝教授は、「コンバージェンスの名を借りた壮大な社会実験の試みに過ぎなかった」「プロジェクトに長い年月とリソースを浪費してきた罪は重い」と批判している。

  このほか、概念フレームワーク改訂、収益認識、負債と資本の区分、金融商品会計などの動向も解説されている。総じて、IASBに批判的見解が目立つが、IASBとIFRSの現在の到達点を理解するのに役立つ。

  本書は『体系現代会計学(全12巻)』の第4巻である。同シリーズは戦後、ほぼ10年の周期で刊行されてきたが、今回は30年ぶりという。4巻は、会計基準のコンバージェンスを巡り、紆余曲折があり、企画から刊行までに6年の歳月が経過している。40年にわたる会計基準の国際化の歩みと論点がよく分かる。シリーズの掉尾を飾るにふさわしい。

川端久雄(マール編集委員、日本記者クラブ会員)
 

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