[書評]

2015年4月号 246号

(2015/03/15)

今月の一冊 『経済行動と宗教――日本経済システムの誕生』

 寺西 重郎 著/勁草書房/3500円(本体)

今月の一冊 『経済行動と宗教――日本経済システムの誕生』寺西 重郎 著/勁草書房/3500円(本体)  マックス・ウェーバーが『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を著したのは1905年のことである。英国を念頭に宗教改革と資本主義的行動様式の関係を明らかにした。それから約110年を経て本書が発刊された。この分野の学問の発展のみならず、周辺学問の成果も取り入れ、長い歴史スパンから日本の経済行動の宗教的基盤の特質を明らかにしている。この成果を基に、今後の日本経済の進む道も示唆している。ウェーバーの古典に勝るとも劣らない書物の登場である。

  著者の問題意識はこうだ。日本の経済システムが欧米と同一でないとされるのはどうしてか。この点について様々な研究が行われてきたが、著者は宗教の側面から欧米との違いを説明するための手掛かりをつかめると考えた。中でも、宗教の変化が経済行動に与えたインパクトに注目して、日英の比較史分析を行うことにしたというのだ。

  日本でも宗教の変化があった。6世紀に伝来した仏教は、初め鎮護国家のための宗教であったが、平安末期から鎌倉期にかけ大衆救済の宗教へと役割が変わった。悟りによる救済を得るためには仏門に入り、難行や厳しい知的鍛錬が必要とされたが、専修念仏により救済への道が開かれた。仏教の易行化といわれる変化である。

  膨大な知的作業から解放された人々は、職業生活、芸術活動、日常的営為の中で人生の意味の探求を行うようになった。著者はこれを求道主義と呼ぶ。南北朝期から江戸時代にかけて形成され、日本の経済行動・経済システムの基盤的特質になったという。日本経済における人的資本の重視も中世における求道主義に源流があることが分かる。

  求道主義の達成度・成果は、身近な他者集団の中で評価される。評価を他者に託したことから、ひたすら自己実現を重視する個人主義が生み出された。求道の結果、生み出された高品質の生産物の評価は消費者(需要者)によって行われる。消費者を探し出し、身近な他者集団とする作業は、隔地間交易に従事する商人が担った。日本のものづくりで果たしている商業の役割に光を当てている。

  こうして日本では、消費者の嗜好と審美眼への配慮が生産過程を支配し、消費者の需要に基づいて高品質の財とサービスの生産活動を行う需要主導型の経済システムが生み出されたというのである。今、日本の「おもてなし」が注目されているが、需要主導型と関係しているように思えてくる。

  では英国はどうか。よく知られているように英国では、16世紀にキリスト教の宗教改革が始まった。英国教会はカルヴァン主義を採用した。カルヴァン主義は予定説をとる。救済されるかどうかはあらかじめ神によって計画(予定)されているという教えだ。人々を孤立化させ、身近な他者に対し距離をおき、個人の独立を重視する個人主義をもたらした。

  経済システムにも影響を及ぼした。禁欲的労働倫理を持つ労働者や企業家を生み出したのだ。労働の成果である私有財産の効率的利用も促した。こうした変化が、個人の嗜好などを考慮せずに大衆相手に消費財の大量生産を行う供給主導型の経済システムを形成した。これが産業革命にもつながったという。

  競争の考え方について日英の違いが興味深い。日本は「凡夫ですら成仏する」という言葉に示されるように、仏教の易行化の下での救済はいわば資格審査で全員救済が建前とされる。救済を求めて競争が生じる余地はない。これに対し、カルヴァン派の予定説の下での救済は厳しい規定枠がある。その枠に入るため競争意識が培われた。英国のピューリタンが建国した米国も同じだ。アングロ・アメリカンの競争志向の歴史的背景が理解できる。

  日本経済が求道主義という特質をもつことを明らかにしたうえで、著者は過去から現在さらに将来の日本経済に目を移す。

  現在の日本の経済システムは、古代以来つくり上げてきた需要主導型システムの上に、明治維新後、西洋文明を取り入れる中で供給主導型システムを上乗せして、両者の融合を目指したものだ。今なお、大きな変容のプロセスの中にあると捉える。戦後の高度成長は、英国流の大量生産を目的とする供給主導型に全面的に順応することで可能になったが、一時的な成功で終わっている。その後の「失われた20年」にみられるように英国型の移植は容易ではない。こうしたことを正確に把握することが重要だという。

  これからどうすべきか。英米の金融を中心とするグローバル市場主義は自由な社会を普遍的価値と考える。国家の制約を超え、自由な市場秩序がもたらす繁栄の可能性を追い求める。個人の活躍の舞台が広がることも志向する。これに対し、日本は、求道主義が生み出した日本文化と仏教による自然との共生の思想を普遍的価値とする。こうした日本の普遍的価値を世界に発信し、地球環境問題に警鐘をならしたり、人間の行動領域の無制限の拡大に自制を促したりして、世界経済の調和的発展を図ることが喫緊の課題だとしている。

  著者は40年ほど前の一橋大学院時代にウェーバーの『精神』を読んだという。その後、別の勉強に熱中したが、ウェーバーが指摘したことはいつも心の隅のどこかに残っていたという。日本では『精神』について書かれた文献は山のように出たにもかかわらず、同じ問題意識で日本資本主義を論じる試みはほとんど出てこなかった。誰かがこの空白の領域を埋める作業をやらなければならないと思い、宗教には全く素人ながら自ら取り組んだという。前著『戦前期日本の金融システム』(2014年に日本学士院賞受賞)を挟み、準備に10年、執筆に5年をかけている。達成感がそこはかとなく伝わってくる。

(川端久雄〈マール編集委員、日本記者クラブ会員〉)

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