[書評]

2015年10月号 252号

(2015/09/15)

今月の一冊 『入門財務会計』

 藤井 秀樹 著/中央経済社/3400円(本体)

今月の一冊 『入門財務会計』藤井 秀樹著/中央経済社/3400円(本体)  財務会計の入門書として本書ほど分かり易く、しかも中身が濃く、分量が手ごろな本はないだろう。単純化したエッセンスの解説で複雑な財務会計の全体像が概観できる。経済学の制度派理論の中でも比較制度分析と呼ばれる理論に依拠しながら書かれている点が特徴である。

  入門書だから「会計とは何か」から始まって、会計の機能、会計の基礎概念、会計の仕組み、利益計算の考え方、発生主義会計、さらには資産負債アプローチと収益費用アプローチの相違などが解説されている。

  分かり易さの一例を紹介しよう。会計の対象になる取引の本質は、一般に現金(原価)と財貨(価値)の等価交換である。取引の成立時点では簿価(原価)=価値である。企業の正常な営業活動のもとでは、事業用資産にのれん(企業特殊的価値)が生じる。簿価<価値になるのだ。そして、簿価を上回る価値の実現分が利益として認識されていく。

  のれんは通常、超過収益力と説明されることが多いが、本書の企業特殊的価値という説明の方が分かり易いと感じた。

  逆に資産の収益力が落ち、簿価>価値となった場合はどうか。減損の会計処理につながるとして、減損会計の仕組みが解説されている。収益性が低下した事業用資産について、減損損失を期間費用に配分するとともに、帳簿価額(簿価、原価)を切り下げて、簿価=価値とする再調整を行うことによって、当該資産の使用に係る経済計算をフレッシュスタートさせるものというのだ。

  著者が依拠する制度派理論は、社会的に定着した慣習や社会的ルールを制度とみなし、その形成、変化、機能を説明、分析するものだ。この観点から、従来の会計ルール(GAAP)には制度の力が働いていたと理解できる。このため、伝統的な会計理論や企業会計原則の解説に紙幅が割かれている。

  一方、この理論からは、わが国で現在、進行しつつある制度変化が、大陸型から英米型への経済社会システム移行を本質とするものであることをあぶり出すことができるという。会計の主要機能でいえば、利害調整(分配可能利益計算)を重視した大陸型から、情報提供(実態開示)を重視した英米型への移行だ。ただし、会計システムだけを国際化しても、隣接システムをそのままにしておいては、期待された機能を果たすことはできないという。

  会計システムの大陸型から英米型への移行とは、収益費用アプローチから資産負債アプローチへの移行である。大陸型では、企業の経済活動によって生じた過去の確定した現金収支が重視されたが、英米型では、経済活動に止まらず、企業が管理する経済事象について予想される期待将来キャッシュ・フローが重視される。著者は両アプローチの是非はひとまずおいて、両者の対立概念を比較することで二つの会計観の論理構成や相違を浮き彫りにしている。特に資産負債アプローチの解説は詳細だ。

  資産負債アプローチは、当初、収益費用アプローチの弊害、すなわち貸借対照表における繰延資産など計算擬制的項目の氾濫を抑止、解消するために考えられた。認識の縮小のためのツールとして期待されたのだ。しかし、その後、経済情勢の変化の中で、認識の拡大(オフバランス項目のオンバランス化)と、経済事象の実質をより忠実に反映しているとされる公正価値で測定するという測定の領域に拡張された。これを新資産負債アプローチと呼んでいる。ここにおいて、収益費用アプローチと対立する関係になったとしている。今は軌道修正されているが、包括利益を重視し、純利益の表示禁止の提案は、その最も顕著な一例だった。

  では、新資産負債アプローチが会計基準設定にどう作用しているか。著者は二つに分けて説明している。一つは、決算日における資産の時価の認識を主目的とするもの、もう一つは、期待将来キャッシュ・フローの割引現在価値に依拠した資産・負債の認識を主目的とするものだ。前者の代表的事例は有価証券の時価評価だ。後者について、割引現在価値の考え方や情報提供機能を簡潔に解説するとともに、リース会計、退職給付会計、資産除去債務会計にこの考え方がどう取り込まれているかを説明している。

  著者は、今日の会計は、先人達の膨大な知的営為と試行錯誤のうえに成り立っていて、時代の試練に耐え抜いてきたものが、制度として結実しているとみる。時の流れを超えて引き継がれてきた会計の「教え」(wisdom)を次世代に分かり易くかつ正確に伝えることが教師の最も重要な義務だといい、「知の伝達者」としての役割を本書で果たしたいと考えたという。それもあってか、参考文献の引用も豊富で知的関心を刺激してくれる。

  本書を読むと、著者の熱い思いが伝わってくる。と同時に、会計は制度の学問の中で、最も目まぐるしく変化する学問であることに気がついた。フォローしていくのは、大変だが、会計学の魅力だと思う。会計の習得に苦労してきた者として、学生が本書のようなテキストを手引きに会計の世界に入っていけることに羨望の念を禁じ得なかった。

(川端久雄〈マール編集委員、日本記者クラブ会員〉)

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