[クリーンテックと欧米エネルギー企業の最新M&A動向]

(2023/03/16)

【第14回】欧米電力大手 伊エネル(Enel)のM&A戦略(前編)

出馬 弘昭(IZM代表)
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イタリア最大手のエネルギー企業

 今回は、イタリアの電力大手エネル(Enel)のM&A戦略の歴史を解説する。

 1962年、イタリアの1000を超えるエネルギー事業者が経営統合し、国有電力会社Enelが設立された。イタリアでは1999年からエネルギー自由化が始まった。英国のCentrica同様に、Enelは2000年代に事業の多角化戦略を打ち出し通信事業などに参入したが、多角化は頓挫した。その後、電力本業に回帰し、電力分野においてM&Aを繰り返した。Enelは世界30カ国以上で電力ガス事業に進出し、顧客数は7000万件を超え、欧州最大の電力ガス会社となった。

 Enelは2021年に発表した戦略プラン(2022~2024年)で、①再生可能エネルギー、②デジタル、③海外――の3分野をM&Aの柱にしている。

再生可能エネルギー分野

 Enelは気候変動対策および輸入化石燃料依存からの脱却のために、再生可能エネルギーへの移行を最優先事項とし、2040年に温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする「ネットゼロ」を目指している。2030年までに再生可能エネルギー総容量154GWの確保を目指している。この目標は世界のエネルギー大手でトップである。2位以下の目標は、仏Total Energiesが100GW、英BPと仏EDFが50GWと続く。なお、日本の大手電力ガス会社の目標は、5GW程度に過ぎない。

 Enelは2008年、再生可能エネルギー発電事業を切り離し、Enel Green Powerを設立した。Enelグループの再生可能エネルギー発電事業を同社に集約するとともに、世界で再生可能エネルギー発電事業を拡大している。

 太陽光発電(PV)では、Enelはメガソーラー事業開発を行うだけでなく、自社工場でのPVパネル製造にも乗り出している。電力会社大手としては、珍しい取り組みである。

 2010年には、Enel Green Power、シャープ、およびスイスのSTMicroelectronicsの3社が共同し、3Sun Gigafactoryを立ち上げた。3Sun Gigafactoryはイタリアのシチリア島のカターニアでPVパネルを製造する工場だ。2015年にEnel Green Powerが3Sun Gigafactoryの全株式を取得した。

 当初、PVパネルは「薄膜シリコン型」を生産していたが、その後、「シリコンヘテロ接合(SHJ)型」に移行し、現在は「両面SHJ型」を生産する。これを受けて、生産能力は当初200 MWであったが、生産能力を3GWまで拡張して、欧州最大の高性能両面PVパネル生産工場を目指している。欧州イノベーション基金の支援を受けた。PVパネルの変換効率はSHJ型では最高の24.63 %を誇っている。イタリアの研究機関、大学やスタートアップを協業し研究開発を続け、30%超を目指すなど今後に注目である。

 さらに、2022年に米インフレ抑制法案(IRA)が成立するやいなや、Enel North Americaは米国でのPVパネル生産を発表した。イタリア本国で蓄積した同じ高性能両面PVパネル製造ノウハウを用いたギガファクトリーだ。生産能力は当初3GWから最終6GWに拡大する予定だ。2023年に工場建設を開始しており、2024年にパネルの市場供給を開始する計画になっている。

デジタル分野

 Enelは再生可能エネルギー事業にシフトしているため、従来の中央集権的な大規模電力システムから、分散化された新たな電力システムへの対応が必要になっている。そのために現在、電力インフラのデジタル化を強化している。加えて、デジタル技術を活用した新しいサービス開発にも力を入れている。

 2017年、Enelはデマンドレスポンス(DR)最大手の米EnerNOC(2001年創業)を買収し、同社はEnel Xと改名した。Enel Xは世界のDR市場に参入し、DR大手となった。

 その後、Enel Xはデジタル分野のスタートアップとの協業・出資・M&Aを通じて、自社事業のデジタル化および顧客へのデジタルサービスの提供を開始した。当初、Enel Xの4つの注力分野は、①e-Home、②e-City、③e-Industry、④e-Mobility――であった。その後、⑤e-Health、⑥金融サービスも加えており、多方面でデジタル化を推進している。以下では、この5つの領域における取組を紹介したい。

■ 筆者履歴
IZM代表 出馬 弘昭出馬弘昭(いずま ひろあき)
IZM代表。1983年京都大学工学部機械系物理工学科卒業。大阪ガスに入社し、同社R&DおよびIT部門でデータ分析、行動観察、オープンイノベーション事業などを立上げ。2016年より米シリコンバレーに駐在し、欧米クリーンテックとのビジネス開発を開拓。2018年に東京ガスに入社し、シリコンバレーのCVC立上げに参画。2021年に帰国し、東北電力に入社し、事業創出部門のアドバイザーに従事。製造業やコンサルティング大手などの外部顧問、海外スタートアップの日本展開支援なども務める。2022年、大阪大学フォーサイトの取締役、東京都の脱炭素化Fund of FundsとインベストメントLabのアドバイザーに就任。南カリフォルニア大学ロボット研究所客員研究員、京都大学非常勤講師、大阪市立大学非常勤講師、日本オペレーションズリサーチ学会副会長などを歴任。
大阪大学フォーサイト https://ou-foresight.com
東京都の脱炭素化FoF https://www.tokyo-vc-fof.jp/
インベストメントLab https://www.investmentlab.co.jp/

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