[業界動向「M&Aでみる日本の産業新地図」]

2013年11月号 229号

(2013/10/15)

第106回 携帯通信・スマホ業界 ゲームの勝者は誰か? 「協調」と「競争」で業界環境を読み解く

 マール企業価値研究グループ
  • A,B,EXコース

  ソフトバンクによる約1兆8000億円の米スプリント(米携帯通信キャリア3位)の買収が2013年7月に完了するや否や、9月に入り、米ベライゾンは、米携帯通信キャリア1位の45%株式を合弁相手の英ボーダフォンから1300億ドル(約13兆円)にて取得し完全子会社化、米ソフトウェア最大手のマイクロソフトは、フィンランドの通信機器大手ノキアの携帯端末事業を約54億ユーロ(約7100億円)にて買収、とそれぞれ発表した。また、米アップルのスマホiPhone(アイフォーン)の最新機種投入に合わせ、契約流出の止まらない日本のガリバーNTTドコモも、とうとうアイフォーン販売に乗り出した。こうした携帯通信・スマホ業界のダイナミズムは、いったい何によって引き起こされているのか。ゲーム理論を応用した「協調」と「競争」の新しい関係に基づく「Value Net」というフレームワークを用いて、各企業の戦略ロジックと業界構造の変遷について見ていきたい。

■ 業界構造の動態分析

  ビジネスがゲームであるとすれば、業界構造はゲームのルールに相当し、そのゲームをプレイするには先ずそのルールを熟知する必要がある。1980年代にマイケル・ポーターが提唱した業界構造分析のフレームワーク「Five Forces(5つの力)」は、業界の魅力度を測るとともに、経済的ロジックに基づくルール変更を認識・予測するツールとして世に浸透した(詳しくは、MARR 2012年11月号「M&Aでみる日本の産業新地図 第94回」を参照)。一方、Five Forcesは、大きな変革期に直面する業界や新興産業などの動態分析に適用することの限界も指摘され、90年代後半には、経済学の分野で急速に発展してきたゲーム理論を企業戦略論にも取り入れた「Value Net(価値相関図)」という新たなフレームワークが登場した(注1)。これは、ポジショニング(業界における位置づけ)などの外部性に注目する点でFive Forcesの延長線上にあるが、業界構造変遷のダイナミズムにも着目する。

図1 Value Net

  ゲームに勝つには、ルールだけではなく、どんな参加者(プレイヤー)が存在し、どんな役割を担っているのかも知らなければならない。Value Netは、ライバルとの競争や新規参入・代替品の脅威、供給者や顧客との交渉力に基づくゼロサムゲーム的な考え方にとらわれず、市場を育て、業界全体のパイを拡大するプラスサムゲームの視点を有しており、重要なプレイヤーとして「補完的生産者(Complementors)」の存在を指摘し、協調と競争の調和を図る。競争相手の同業他社は、パイの最終取り分においては敵対者であるが、協調体制下でパイを大きくしたり、他のプレイヤーから取り分を奪ったりする場合には味方にさえなりうる(図1参照)。例えば、パソコン(PC)業界のマイクロソフトとインテルは、次々と高機能なソフトウェアとそれがスムーズに動く高性能CPUをそれぞれ補完的に開発し続け、多くの顧客にバリューを感じさせながら、PC市場のソフトとハードの拡大に協力し合ってきた。また、航空産業のJALとANAは、同業として競合する一方、ボーイングやエアバスなどの寡占的な供給者に対し、いかに交渉力をアップし、航空機を低コストで効率的に開発・生産させ、低価格で仕入れるかについて協力関係にある。

  ゲーム理論は、自らの利益(パイの最終取り分)拡大を究極的な目標として、そのプロセスでいかに補完的生産者や競争相手と手を結びつつパイを拡大させる一方、自らがいかに多くのパイを勝ち取るかを考える。ここでValue Netは、「付加価値(Added Values)」という概念を提示する。付加価値とは、あるプレイヤーがゲームに持ち込む価値の量であり、具体的には、すべてのプレイヤーがゲームに参加した場合のパイの大きさと、あるプレイヤーだけをゲームから除いた場合のパイの大きさとの差を言う。自らの付加価値以上の分配を求めることは難しい反面、ゲームのプレイの仕方やルール変更次第では、付加価値のほとんどを手中に収めることも可能となる。ゲームのあらゆる要素は、決して所与で不変的なものではなく、自分に都合よく変えることさえできる。新たなビジネスモデルの構築やM&Aという企業の戦略的行動も、自らの属する業界構造を一変させ、競争相手を始めとするその他プレイヤーとの力関係を自らに有利に導く効果的な手段となりうる。

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