事業売却の各論 前回(各論Ⅰ)は、事業売却の全般的な進め方やプロセスを俯瞰した。後編となる今回は、その事業売却のプロセスにおいて、特に重要な「ディールの準備段階で売り手が行うHRDD(Seller's HRDD)」を取りあげる。なお、ここで取り上げる事業売却は、原則として事業譲渡を指しているものとご理解いただきたい(子会社の株式売却は想定していない)。
Seller’s DDとは 買い手としてオークションプロセスに参加しているとVendor Due Diligence Report(VDDレポート)が開示されることがある。ビジネス、リーガル、ファイナンス、タックス、(最近では)ESGなどの切り口で対象事業についての買い手側の分析結果をまとめた報告書である。外部のアドバイザーを使ってまとめたもので、買い手として効率的にデューデリジェンスを進める上で役に立つことも多い。一般的に、Seller’s DDとは何かと問うと、このVDDレポートをまとめる作業と認識されていることが多いのではないかと思われる。狭義には確かにその通りではあるが、VDDレポートはいわばSeller's DDの副産物であり、主目的ではないと筆者は考えている。なぜなら、VDDレポートを開示するつもりがなくてもSeller’s DDはやらなくてはならないものだからである。
Seller’s DDの目的・取り組みのポイント では、Seller’s DDの目的とはなにか。これは大きく3つあると考えている。以下それぞれの目的、及び具体的な取り組みのポイントを紹介する。
目的1:売却交渉を有利に進めるための作戦を立てる
■筆者プロフィール■
野坂 研(のさか・けん)
マーサー ジャパン M&Aアドバイザリーサービス部門 プリンシパル
大手自動車メーカー、ものづくり系スタートアップ企業を経て現職。人事実務に関する豊富な知識や経験を有する。
マーサーでは、各国上場企業をはじめ、PEからの企業買収や創業者ベンチャー買収など複数パターンにおけるHRデューデリジェンス、及びカーブアウト・事業売却での売り手側支援、等のプロジェクトをリードした経験を有する。近年では、大型買収案件における複雑性の高い経営者リテンション交渉支援、買収後のインセンティブ設計・経営者トランジションの支援など、経営者ガバナンス・コントロールの領域でのプロジェクトを複数手がけている。
著書に「
カーブアウト・事業売却の人事実務」(2022年中央経済社刊、共著)、 「M&Aを成功に導く 人事デューデリジェンスの実務(第三版)」 (2019年 中央経済社、共著)がある。
東京大学経済学部卒。